戦後レジーム脱却、最後の機会  渡辺 利夫(拓殖大学顧問)

戦後レジーム脱却、最後の機会  渡辺 利夫(拓殖大学顧問)

【産経新聞「正論 この夏に思う」:2022年8月11日】https://www.sankei.com/article/20220811-L7J4UCENQRJSRGNL3GV7CLRA34/

◆検閲で萎縮した言論

 江藤淳氏が昭和54年の秋から55年の春にかけてワシントンのウィルソン研究所を中心に行った、GHQ(連合国軍総司令部)の検閲に関する研究の成果が『閉(とざ)された言語空間─占領軍の検閲と戦後日本』(文藝春秋)である。この著作のあとがきを、氏は次のように結んでいる。

「日本の読者に対して私が望みたいことは、次の一事を措(お)いてほかにない。即ち人が言葉によって考えるよりほかない以上、人は自らの思惟(しい)を拘束し、条件付けている言語空間の真の意味を知ることなしには、到底自由にものを考えることができない、という、至極簡単な原則がそれである」

 GHQの検閲により日本の言論は一気に萎縮し、やがて日本の言語空間そのものがGHQのそれへと置き換えられていくさまを江藤氏は精細に書き込んでいる。GHQが日本のメディアを検閲していることは完全な秘匿事項とされ、この義務を怠れば新聞や出版物は発行停止処分の対象となった。

 GHQという絶対的権力者の隠然たる、そして執拗(しつよう)な検閲圧力に日本のメディアは抗することができなかった。権力集団の構築した大規模、かつ水も漏らさぬ周到さで張り巡らされた検閲網から逃れるすべはない。検閲者の意に沿うよう言語を操作し、この操作をしばらくつづけるうちに、被検閲者の思考そのものが検閲者のそれとほとんど変わらない方向へと転じ、やがて思想や歴史観のすべてがGHQ的なるものへと変換していったのである。

 日本がサンフランシスコ講和条約に調印し、これが昭和27年4月28日に発効した。GHQの占領が解かれ、検閲それ自体も消滅した。しかし、占領時代にGHQ的なるものへと変わってしまった日本のメディアの言説は、講和条約発効後も、いやむしろ発効後にいよいよ強く歴史学会や教育機関などで声高に主張され、そうして今日にいたる。

◆自己否定的な歴史認識

 私の大学在学中には安保闘争があった。しばらくしてベトナム反戦運動が高まりをみせ、大学紛争が頻発する騒々しい時代であった。その後、昭和50年代に入ってにわかに頭をもたげてきたのが歴史教科書、従軍慰安婦、南京事件、首相の靖国参拝などを巡る歴史認識問題であった。

 冷戦が崩壊して平成の時代が始まり、時をおかずに日本のメディアが繁(しげ)く発信するようになったのが、自己否定的な歴史認識問題である。この問題が中国や韓国の対日姿勢に変化をもたらした。冷戦下にあって抑制されてきた周辺諸国の反日の情念が、冷戦崩壊とともに露(あら)わとなって、日本のメディアの反日が中韓の反日と共振し合うという、実に厄介な構図がここに生まれるにいたった。冷戦崩壊によって打ちひしがれた左翼偏向的な日本のマスコミは、その挫折感を歴史認識問題によって振り払おうとしたのであろう。少なくない数の知識人や政治家がマスコミへの迎合の中に、自分の生きる道を求め始めたかにみえた。

 回顧して慚愧(ざんき)に堪(た)えないのは、反日が日本の国内問題というだけでは済まされず、中国や韓国、そして欧米のクオリティーペーパーまでを巻き込んで展開されたことであった。岡崎久彦氏はかつて次のように記していた。

「通常、戦争の記憶というものは戦後一世代を経ると、恩讐(おんしゅう)を離れて歴史の問題となる。戦後一世代あまりを経た1980年という年をみても、その一年間、日本、外国のあらゆるメディア、論説、公式、非公式の言明のなかに、この問題を取り上げたものを一つでも見出すことは不可能である。それはもう済んだ問題だった」

「現在論じられているこの問題はすべて、1982年の教科書問題を発端として、日本人の側から外国に問題を持ち込んで外国の否定的な反応を引き出し、それを日本の国内問題とさせ、さらにそれを改めて国際問題としてエスカレートさせたものである」(『吉田茂とその時代』PHP研究所)

◆呪縛から解き放つ責務

 強大な権力者による検閲の時代にあって歪(ゆが)められ、そして新たに注ぎ込まれたGHQ的な思想と歴史観が、権力者が不在となってもなお強く後の時代を拘束したのである。この名状し難い日本の言語空間、これこそが「戦後レジーム」に他ならない。そのレジームからの脱却をみずからに課した安倍晋三氏が史上最長の政権を築きながら、道半ばで凶弾に倒れてしまったことは無念このうえない。

 憲法の前文と第9条の中にくっきりとその存在を証すGHQなるものの呪縛から、どうやってみずからを解き放つか。衆参両院で改憲勢力が3分の2以上を占め、またよほどのことがない限り、今後3年間は大型の国政選挙はないという。ひょっとして、これが日本のラストチャンスなのかもしれない。政治指導者よ、臍(ほぞ)を固めてほしい。

(わたなべ としお)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。

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