壮烈きわまる鄭南榕の自決  宗像 隆幸(台湾独立建国聯盟日本本部中央委員)

壮烈きわまる鄭南榕の自決  宗像 隆幸(台湾独立建国聯盟日本本部中央委員)
日本人として台湾の独立建国運動に挺身する宗像隆幸(むなかた・たかゆき)氏は、生
前の鄭南榕と会っている数少ない日本人の一人である。

 平成20(2008)年2月に出版した『台湾建国−台湾人と共に歩いた四十七年』の第3章
「台湾の民主化」において、「壮烈きわまる鄭南榕の自決」という見出しの下、鄭南榕に
ついて詳しく触れている。

 上掲の毎日新聞の記事は、台湾では「鄭氏を知らない若者も少なくない」と伝えてい
る。ましてや、日本ではほとんど知られていないと言ってもよいかもしれない。しかし、
知られていないからといって、鄭南榕の評価が下がるわけではない。その逆で、知られて
いないなら、鄭南榕が自らの命を賭して訴えたことを、そして台湾の民主化がどうやって
生れてきたのかを知らせなければならない。台湾の民主化にとって大事な人物の軌跡を歴
史に刻まなければならない。

 そこで、本誌ではかつて宗像氏の「壮烈きわまる鄭南榕の自決」を3回に分けて紹介した
ことがあるが、改めてここにご紹介したい。単行本では9ページほどの分量で、メルマガで
紹介するには長すぎるかもしれないが、原文のまま一挙に掲載したい。ただし、漢数字は
算用数字に改めたことをお断りする。

 なお、この『台湾建国−台湾人と共に歩いた四十七年』には李登輝元総統が懇篤な推薦
の辞を寄せられている。


宗像 隆幸(むなかた たかゆき)
昭和11( 1936)年、鹿児島県生まれ。明治大学経営学部卒。1961年、台湾青年社に参加、
月刊『台湾青年』の編集に従事。1985年から停刊する2002年まで同誌編集長を務める。ア
ムネスティー・インターナショナル日本支部理事、台湾人元日本兵の補償問題を考える会
幹事などを歴任。現在、台湾独立建国聯盟日本本部中央委員、アジア安保フォーラム幹
事、日本李登輝友の会理事。著書に『存亡の危機に瀕した台湾』(自由社)、『台湾独立
運動私記』(文藝春秋)、『ロシア革命の神話』(自由社)など。


壮烈きわまる鄭南榕の自決

                   台湾独立建国聯盟日本本部中央委員 宗像 隆幸

 台湾の人々の自由を封じ込めている何重もの重い扉を一枚一枚こじ開けるようにして開
いている男がいた。鄭南榕である。1984年3月に週刊『自由時代』を創刊した鄭南榕は、投
獄されたり江南のように暗殺されることを恐れてタブーとされていた独裁者一族の内幕や
特務機関の暗躍などを暴露した。彼が死ぬまでの5年間に、『自由時代』は1年間の発行停
止処分を受けること27回、その号限りの発行禁止処分を受けること16回、それでも休むこ
となく『自由時代』誌は発行された。停刊処分に備えて彼は、『郷土時代』、『創造時
代』、『台湾時代』など「時代」のついた誌名をたくさん登録していたのである。だから
絶えず誌名は変わったが、発行所の自由時代出版社の名から、すべて『自由時代』と呼ば
れていた。発禁になった『自由時代』でも書店でほしいと言えば買えたのは、没収されぬ
よう隠しておいたものを書店に配本したからである。

 鄭南榕は創造力が豊かでさまざまなアイデアを生み出し、それを組織活動化する行動力
の人でもあった。1986年の「五一九緑色行動」は、民進党の結成準備に加わっていた鄭南
榕の発案であった。そのために彼は6月2日から翌1987年の1月24日まで8ヵ月間投獄され、
その間に民進党は結成された。

 出獄するや鄭南榕は、2・28事件の40周年を前にして、2月28日を平和記念日とする「二
二八和平日」運動を起こした。鄭南榕の母は台湾人だったが、父は日本統治時代の台湾へ
中国からきた人で本籍は中国であった。中国の正統政権と称する国民党政権は、台湾を中
国の一省と見なし、父親の本籍が台湾なら「本省人」、中国なら「外省人」としていた。
2・28事件で「外省人」が「本省人」を殺戮したことから、両者の間に根深いしこりが出来
たので、台湾に自由で民主的な国家を建設するためには、どうしてもこのしこりを解消し
なければならないと考えて、鄭南榕は「二二八和平日」運動を起こしたのである。

 1987年4月18日、鄭南榕は公開演説会で「台湾は独立すべきだ」と主張した。長老教会が
人権宣言で「台湾を一つの新しい独立した国家にすべきだ」と提言したことはあるが、公
開の場で個人として台湾独立を主張したのは、これが初めてであった。台湾独立を主張し
ただけで叛乱罪に該当するとされていたために、それまで誰も公開の場では台湾独立を口
にしなかったのである。しかし、鄭南榕によってこのタブーが破られると、その後は至る
ところで公然と台湾独立が主張されるようになった。

 国民党も手をこまねいていたわけではない。たとえば、同年8月末に元政治犯が集まって
台湾政治受難者聯誼会を結成し、その規約に「台湾は独立すべきである」という一項を盛
り込んだ。そのときの議長と、この項目の提案者が10に叛乱罪容疑で逮捕されると、台湾
各地で「台独無罪」と「言論の自由」をスローガンにデモや集会が行われ、11月には民進
党が党大会で「人民には台湾独立を主張する自由がある」という決議を採択した。翌年1月
に台湾高等法院(高裁)は、逮捕した2人に懲役11年と10年の判決を下した。すでに戒厳令
は解除されていたから軍事法廷は使えないが、国民党が検察も裁判所も支配しているのだ
から、どんな判決でも下せる。しかし、この判決で2人の無罪釈放を要求する大衆運動が、
長期にわたって続けられることになったのである。

 1988年7月、訪日した鄭南榕は、独立聯盟日本本部の幹部と会食したほか、数人とは個々
に話し合った。仲間の張良澤(当時、筑波大学助教授)が、鄭南榕が私に会いたがってい
ると言って、彼を家に案内して来てくれた。

 この年の5月に台湾で、私の『台湾独立運動の思想と戦略―自由のための戦い』(中国
語、注34)と題する本が発行されていた。これは私が『台湾青年』に発表した論文の中国
語訳でアメリカの『台湾公論報』(独立聯盟米国本部が週2回発行)などに掲載されたもの
を集めて1冊の本にしたものである。鄭南榕が公然と台湾独立を主張してからわずか1年間
で、このような本が台湾で出版できるようになっていたのだ。我々は張良澤の通訳で話し
合ったが、鄭南榕がこの本を読んでくれていたので、たちまち意気投合した。彼が特に関
心を示したのは、日本人の私がなぜ台湾独立運動を行なっているのか、ということであっ
た。「外省人」でありながら台湾独立運動に身を投じた鄭南榕は稀有の存在だったので、
外国人の私が独立運動に参加していることを興味深く感じたのであろう。「私は根っから
の自由主義者だから、台湾独立運動は人間の自由のための戦いなので、許世楷に誘われた
とき喜んで参加した」と簡単に言えば、そのような回答をした。

 この年の12月9日に発行された『自由時代』誌に、鄭南榕は許世楷が書いた「台湾共和国
憲法草案」(註35)を掲載した。翌1989年1月20日、高等検察庁は憲法草案の掲載は叛乱罪
容疑に該当するとして、1月27日に出頭するよう、鄭南榕に召喚状を送った。すでに台湾独
立の主張が台湾中にあふれていた時代に、検察庁がこの問題をこれほど重視したのは当
時、許世楷が台湾独立建国聯盟(1987年に台湾独立聯盟を改称)の主席だったからかもし
れない。1月26日、鄭南榕は、「今日から家に帰らない。自由時代社に寝泊まりする」と言
って、籠城した。彼は編集長室に3つのガソリン罐を置き、それにライターを貼り付けた。
警官が逮捕に来たら、自決する覚悟であった。鄭南榕が編集部員に話したことを自分で整
理した遺書ともいうべき文章が、『自由時代』台湾建国烈士・鄭南榕記念特集号(1989年4
月16日刊)に掲載されている。彼はその中で、こう語っている。

 問…なぜ、喚問に応じないのですか?

 答…これは国民党が公権力を乱用して政治的反対者を迫害しているのであり、人民には
抵抗する権利があることを、台湾人民に知ってもらう必要があると考えました。

 問…もし、国民党が強制的にあなたを連行しようとしたら?

 答…彼らは私を逮捕することはできません。彼らが逮捕できるのは、私の死体だけで
す。このことを彼らは知っていなくてはなりません。

 問…台湾独立の主張は、2・28事件と関係があると思いますか?

 答…相当に密接な関係があります。海外で独立を主張している戦後の若い世代は、ほと
んどが2・28の血なまぐさい教訓の影響を受けています。彼らは台湾が独立してこそ、台湾
人の人権や民主主義が初めて保障されることを明確に認識しています。

 問…あなたは1987年4月18日に公開演説で初めて台湾の独立を主張し、その後一貫して独
立を標榜し、新憲法草案を雑誌に掲載しました。これらの行動の背景には、一貫した戦略
があったのですか?

 答…それ以前は誰も公開の席で台湾独立を主張できなかったので、まずそれを主張せね
ばなりませんでした。台湾独立の主張が一つの共通認識になったあと、スローガンを叫ぶ
だけでなく、具体的な憲法草案の出現となったわけです。

 問…この島に住んでいる人々の間には(本省人と外省人の間に)、なかなか解消できな
い「しこり」があります。この問題をどのように解決しますか?

 答…国民党の身分証の分類によれば、私は外省人ということになっていますが、私は
100%台湾人です。私たちはぜひともこの「しこり」を解消しなければなりません。

 問…台湾独立はかならずしも民主主義を保障しない、大事なのは民主主義であって、独
立ではない、という意見もありますが?

 答…台湾の独立が民主主義を保障するかどうかは、台湾がどのような形で独立するかに
かかっています。私たちは公民投票によって独立を決定することを主張しています。

 問…現在の心境は?

 答…闘志は高く、心は平和です。

 鄭南榕は71日間、自由時代社に籠城を続けた。その間に彼を訪ねた数多くの人々に、彼
は決して逮捕されないと、自決の意志の固いことを語った。1989年4月7日午前9時5分、警
官隊がビルを包囲して自由時代社に突入しようとしたとき、鄭南榕はガソリンを浴びて火
を放ち、自決を遂げた。41歳であった。

 5月19日、台北市で鄭南榕の葬儀が行われた。参加者は4万人を超え、葬列は5、6キロも
続いた。葬列が総統府に近づくと、総統府は鉄条網で囲まれ、その内側を警官隊が固めて
いた。葬儀参加者は総統府を見上げながら、繰り返し「台湾独立万歳!」を叫んだ。その
とき葬列の中にいた一人の若者が鉄条網に身を投げ、体から真っ赤な炎が燃え上がった。
詹益樺である。彼はガソリンを詰めた袋を体に巻きつけており、それに火を放ったのだ。
鄭南榕に殉じたのである。

 もし李登輝総統に少し力があったら、鄭南榕の逮捕に警官隊を向かわせることはなかっ
たであろう。鄭南榕と詹益樺の壮烈な死に、李総統の心痛はいかばかりかであったか察せ
られる。しかし、当時の彼はまったく無力なロボット総統に過ぎなかったのである。

 鄭南榕と詹益樺の壮烈な自決は、敵にも味方にも計り知れない衝撃を与えた。抑圧者に
対しては、自由のために戦っている人々の決意の固さを知らせた。自由を求めている人々
には、「自由か死か」と命を賭けなければ、自由は勝ち取れないことを教えたのである。

 『自由時代』台湾建国烈士・鄭南榕記念特集号には、鄭南榕の自決で大衝撃を受けた多
くの人々が、感想を寄せている。

 自由時代社の名で発表された「鄭南榕の死は彼の復活である」と題する文章は、「一人
の鄭南榕が焼死しても、十人、百人、千人、万人の鄭南榕が復活する。邪悪な国民党よ、
台湾400年史の復讐者が現れた! 鄭南榕の殉死は彼の復活である」と締め括られている。
鄭南榕夫人の葉菊蘭さんは、のちに立法委員や閣僚を歴任、「私は鄭南榕思想の伝道者で
ある」といって現在も大活躍しているが、鄭南榕が自決した翌日の記者会見で、「彼は外
省人の子弟でありながら、台湾の独立と言論の自由のために、自ら生命を犠牲にした。彼
は妻をかえりみず、娘をかえりみず、自分の肉体的苦痛も意に介しなかった。彼の動機
は、ただ台湾のこの地をこの上もなく愛するためであった」と語った。

 許世楷は「台湾人が鄭南榕兄、あなたの精神を継承すれば、いかなる独裁政権も、我々
の熱愛するこの台湾に存在できません。自らの所信・主張―台湾独立を貫徹するために犠
牲となったことは、価値のあることであります。……あなたの人生は燦然とし、幸福の至
りであるといえましょう」と書いている。

 次に紹介するのは、江鵬堅(民進党初代主席)の文章からの抜粋である。「『自由か、
しからずんば死を!』と、あなたは国民党を見下し、全力をふるって縦横無尽に国民党を
攻撃した。今ここに、あなたは最後の武器―生命を投じて自らの信念と理想に殉じ、死を
以て人々を諫めた。いつか我々は、『なぜ日本は敗戦から立ち上がって、あんな経済大国
になったのか』話し合ったことがあります。我々は『日本には武士道文化と桜花の哲学が
あり、日本人は如何に生き、如何に死ぬべきかを知っている。それに対して、我々台湾人
は?』という結論に達したのです」

 私は『台湾青年』(1989年5号)を「台湾建国烈士 鄭南榕記念特集号」とした。政治犯
として投獄されることは名誉と考えられるようになった台湾で、彼はなぜ投獄を選ばず自
決したのかと考えた私は、この号に「鄭南榕よ、あなたは神となった。彼は人類の救いの
道を啓示したのである」と題する文章を発表した。その中に次のように書いている。「今
回、私は初めて人は死んで神になることがあることを実感として知った。鄭南榕は神にな
った、と考える以外にないほど、彼の死の意味は重いと信じるからである。鄭南榕が放っ
た雷霆(らいてい)は、一瞬の轟きで終わったのではない。大衆が立ち上がり、台湾独立
を実現する日まで、その雷霆はますます高く、ますます強く響き渡るであろう。まさに、
鄭南榕は台湾独立運動の守護神となったのである。鄭南榕の貴い犠牲によって、『外省
人』までが台湾独立を支持するようになり、『本省人』と『外省人』が協力して独立台湾
を建設するなら、台湾が救われるだけではない。そのとき鄭南榕の放った雷霆は、万雷を
ともない、台湾海峡を押し渡って、中国大陸を揺るがし、11億の民を目覚めさせるに違い
ないからである。人類の4分の1を占める人々が救われないのでは、世界も救われない。そ
れは、人類の救いの道でもあるのだ。やはり鄭南榕は神になったのである」。

 これはずいぶん長い文章であるが、その中国語訳を台湾の新聞『台湾時報』(1989年5月
19日付)が1ページを割いて掲載してくれた。その数ヵ月後、日本に来た葉菊蘭さんが私
に、「あの文章を読んだが、夫の自決の意味を最もよく説明しているように思う」と言っ
てくれた。

註34:宋重陽(宗像隆幸)著『台湾独立運動的思想與戦略−為自由而戦』(1988年5月、台
   湾・南冠出版社)

註35:日本語版の台湾共和国憲法草案は『台湾青年』(第340号、1989年2月号発行)に掲載。

【宗像隆幸著『台湾建国−台湾人と共に歩いた四十七年』(まどか出版、2008年2月28日刊)より】


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