台湾コロナ対策で判った台湾のデジタル健康保険制度の凄さ  藤 重太

台湾コロナ対策で判った台湾のデジタル健康保険制度の凄さ  藤 重太
【日本台湾交流協会『交流』2月号:2021年2月25日】

 今回、台湾の見事なコロナ対応のひとつに、早期からマスク不足問題に取り組み、国民の不安を軽減したことがあげられます。マスクは国民のもっとも身近で備えておきたい防疫生活用品のひとつです。市中にマスク不足が発生してしまうと国民の不安や恐怖心は高まり、動揺し、最悪の場合はパニックやインフォデミックが起こります。

 しかし、台湾は1月下旬から、マスクの輸出禁止とマスクの増産及び国産化を進め、2月初旬にはマスクを国民全員に配布するシステム(実名販売制)を導入しました。またほぼ同時にマスクの在庫を知らせるシステム「マスクマップ」を開発して、国民に公開しました。

 このマスクマップを作った天才として日本でも注目されたのが、オードリー �% タン IT 担当大臣(唐鳳政務委員)ではないでしょうか。しかし、そこには1995年に導入された全民健康保険制度と2001年から整備されてきた医療デジタルネットワークがあったからです。

 今回は、台湾を新型コロナウイルスの脅威から救うためにも、大いに役に立った台湾の保険制度と医療デジタルネットワークについてご紹介したいと思います。台湾のデジタル化や社会制度がどれだけ進んでいるかに驚くと思います。

◆マスクの実名販売制と在庫マップが魔法のようにすぐ構築できたヒミツ

 台湾には当初、労働者保険(1950年〜)、公務員保険(1958年〜)、農民保険(1985年〜)、低収入戸保険(1990年〜)などがありました。しかし、高齢者、子ども、専業主婦に対する保険制度が未整備で健保制度の空白が問題視されていました。これを解決するために、1995 年1月1日から全国民が同じ保険制度で加入する「全民健康保険制度」が国民皆保険として始まりました。

 2001年からは、全民健康保険ネットワーク網の構築が本格的に始まり、全国の病院と健保特約薬局が衛生福利部(厚生省に相当 *)のネットワークにオンラインで結ばれるようになりました。

 2004年には「全民健康保険カード(保険証)」が紙からICチップ入りカードに変更されました。

 現在では、国民全員(99%以上)がこの「全民健康保険ICカード」を保有しています。このICカード化により保険加入者(国民)の情報と医療機関(病院、特約薬局)などの情報がつながり、衛生福利部中央健康保険署で一括管理されるようになりました。

 2月6日から始まったマスクの「実名販売制」は、この中央健康保険署が管理している国民データと健保特約薬局のマスク販売データを活用して実現したのです。このシステムにより個人の購入履歴が全国の特約薬局の端末で共有され、二重購買などの不正を防ぐ事が可能になりました。

 さらに中央健康保険署が管理している全国6千5百店舗あまりの健保特約薬局のマスク在庫データをオープンデータ化し、携帯など端末の位置情報と組み合わせてできたのが「マスクマップアプリ」です。これらのサービスにより、無駄にお店に並ぶこともなくマスクを確実に且つ公平公正に手に入れることが出来るようになりました。

 日本では、「マスクマップ」が魔法のように出来上がったかのように報道されていますが、台湾政府が20年近くかけて作り上げてきた医療ネットワークシステムがあったからこそ、これらのサービスが迅速に国民に提供できたのです。

 その後、マスクの販売先がコンビニエンスストアやスーパーにも拡大されました。これは政府が経済部など関係機関の理解と協力を取り付け、このマスクの実名制データと在庫販売データの共有先を拡大、システムをアップデートしたから出来たのです。その中心人物のおひとりがオードリー �% タン政務委員です。その後も、マスク実名販売制度は、「2.0」、「3.0」と便利に改善されていきました。台湾政府の向上心と試行錯誤の努力が伺えます。

 政府の管理しているデーターの一部をオープンにして、信頼できる民間企業に提供する柔軟性には舌を巻きます。また、国民の為のアプリやシステムを作り上げる政府の対応力といろいろな便利ツールをあっと言う間に開発する台湾のIT企業の能力とその人材の豊富さには、驚くばかりです。(* 台湾には労働部(労働省)があるため「衛生福利部」を「厚生省に相当」と記載)

◆国民の健康状態を国家が把握 感染拡大の自動警報システムも出来ていた

 台湾の全民健康保険証番号は、身分証ID番号と同じで運転免許証番号とも統一されています。

 このICカードには、患者の医療情報(診察、検査、治療、投薬など)が記録され、ネットワークで中央健康保険署のサーバーに収集管理されています。診察検診、血液検査、検査画像、入退院情報が医療機関相互で共有できるように各電子カルテも統一されています。

 また患者の同意があれば、半年間の全診察記録や投薬記録を、医師が診察時に確認することが出来るようになっています。基礎疾患や投薬記録や副作用情報なども共有され医師側も適切な診察処置、処方を施せるようになっています。これにより、国民は全国で均一な医療サービスを受けられるようになりました。また、国民の9割程度が半年間の診療記録の開示公開に同意しているとも発表されています。尚、患者の医療情報は、医師が保有する医師専用のICカードがないと閲覧できないようにプロテクトもしっかりされているので安心です。

 この全民健康保険ネットワークシステムは、特定疾患の拡大や疫病などのパンデミックへの対応機能も備えています。全国の医療機関の診療データーは中央健康保険署に集められ、そのデータ(健康情報)は逐次、評価分析されています。台湾の衛生福利部(厚生省に相当)は国民全体の健康状態を常時監督監視してくれているのです。

 例えば、今回の新型コロナウイルスなどの特定疾患(疫病)の増加傾向が報告されば、行政側がアラート(警報)を察知し、ハイリスクアプローチをすぐに開始、パンデミックを防ぐことが出来るようになっていたのです。新型コロナウイルスの流入を水際で見事に防いでいる台湾では、このシステムが効果を発揮することはなかったようですが、改めて台湾政府が国民の生命を守る為にどれほどの準備をしていたのかがわかります。

◆デジタル化で効率化! 病院も安定経営 国家予算も国民負担も削減

 この全民健康保険ネットワークシステムは他にも多くの利点があります。医療情報の共有は、過剰検診や重複検査を防ぐことに成功しています。また、重複処方も避けることが出来るので、大幅な医療費の削減効果も生んでいると報告されています。

 台湾の保険制度も、日本と同じ点数制を採用しています。台湾では国の医療費の上限をあらかじめ決めておく「総額予算制度」を採用していて、国の医療費予算がオーバーしないように年度途中で点数あたりの金額を状況に応じて変更しています。

 この「総額予算制度」は2007年にはレセプトのオンライン化がほぼ100%達成されたので、この「総額予算制度」がより有効に機能するようになりました。レセプト業務とは医療機関が診療報酬明細書を中央健康保険署(国)に報告する業務のことです。このレセプトオンライン化の完成により、国は全国で発生した医療費を正確且つ即時(オンタイム)に把握できるようになったのです。

 ちなみに、日本のレセプトのオンライン化は2006年(平成18年)から推進されていますが、現状は全体で 61.7%に留まっています。約8000軒の病院ではオンライン化 97%を達成していますが、 国内8万5千軒ある診療所においては68.19%、6万8千軒ある歯科院においては19%しか達成されていないのが現状のようです。(社会保険診療報酬支払基金 令和2年4月の発表資料より)

 このシステムのより他にも各病院の外来患者数に応じて、病院別に診察料を変える仕組みも導入され、病院間の均衡も保たれています。これは、病院間の過剰な競争や患者の囲い込みの防止に役立っているようです。病院は純粋に医療品質の向上に努める事に専念することができると、医療関係者も発言しています。

 国が指定した重要疾患への対応に関しては、治療成果に応じた追加報酬が支払われる仕組みも出来ています。2010年には、医療サービスに対して包括払い制度(DRG)が導入され、医療機関の治療計画書(クリニカルパス)の作成も義務化されて、国民は公平で質の高い医療サービスが受けられるようになりました。この制度については、2016年度公益財団法人日本台湾交流協会フェローシップ事業成果報告書「淺談台灣DRG與日本DPC之差異(台湾のDRG制度と日本のDPC制度の違いの考察)著者:陳冠廷」でも発表もされています。

◆台湾医療ネットワークはバイオビジネス発展の鍵

 このように台湾の全民健康保険ネットワークシステムは、便利なだけでなく国民の健康状態及び治療状況、国の医療費負担やその傾向をも把握しています。そして、これらの医療関連情報は、台湾衛生福利部中央健康保険署にビッグデータとして集約集積されています。このデーターは学術方面に開放されており、大学研究機関、医療バイオ関係企業、関連研究所のR&D(研究開発)に有効利用されていると政府も公表しています。今後、IT技術、AI技術がさらに進歩すれば、病歴や投薬歴などと疾患との因果関係の解明や多くの治療薬、治療方法、そしてワクチンなどの開発にも役に立つと期待されています。台湾が、次世代の国家産業戦略のひとつとしてバイオ医療産業を掲げているのも納得できます。

 日本ではあまり報道されていないようですが、台湾では昨年11月から2万人の参加者を募って台湾産の新型コロナワクチンの臨床実験行い、開発の最終段階を迎えていると発表されています。今年の早い時期で台湾製ワクチンの市販が期待されています。このように今回の「台湾のコロナ戦」は、「見えないファクターX」などに「たまたま」守られたのではなく、過去の失敗経験からの学習、周到な準備と制度改革、法整備、組織改革そしてIT化などによって、確信に近い根拠を築いて国民を守って来たのではないでしょうか。そして、それは今でも発展拡大、改善されています。

 前回「台湾情報誌 交流11月号956号」で紹介した台湾の「統一発票」や「統一編号」などの領収書、企業の納税管理システムもそうですが、台湾はIT・デジタルシステムを公共事業の中で非常に有効に活用して、効率の良い社会を構築しています。その制度は、オンタイムという即時性と共に国家の透明性と見える化も実現しています。さらに、このシステムは公共サービスの向上と公平公正な社会をも作り出していると感じています。このように台湾は逐次、社会にある不満や制度不備による悪事や嘘 ごまかしの発生を防ぐために改善を続けています。台湾は美味しいだけ、楽しいだけの島ではないことがご理解いただけたら幸いです。ぜひ、皆さんもいろいろな台湾の魅力を探してみてください。

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藤重太(ふじ・じゅうた)昭和42年(1967年)、東京・江戸川区生まれ。千葉県佐倉市に育ち、1986年、成田高校卒業後に台湾に渡り、国立台湾師範大学国語教学センターに留学。台湾大学国際貿易学部卒業。在学中、夜間は私立輔仁大学のオープンカレッジにて日本語講師を4年間務める。1992年、香港にて創業し株式会社アジア市場開発の代表に就任。2011年以降、小学館、講談社の台湾法人設立などをサポート、台湾講談社メディアでは総経理(GM)を5年間務める。台湾経済部系シンクタンク「資訊工業策進会」顧問として政府や企業の日台交流のサポートを行う傍ら2016年に台湾に富吉國際企業管理顧問有限公司を設立して代表に就任。主な著書に『中国ビジネスは台湾人と共に行け』『藤式中国語会話練習帳(初級・中級)』『亜州新時代的企業戦略』『国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦』など。

*本会が1月30日に開いた台湾セミナーでは藤重太氏を講師に招き、「コロナ禍でも経済成長できる台湾のヒミツ」と 題して講演していただきました。

──────────────────────────────────────※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。

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