今年も台湾で天皇誕生日レセプションを開催

今年も台湾で天皇誕生日レセプションを開催
黄昭堂・台湾独立建国聯盟主席は毎年、「祝 天長節」と記した生花を贈呈

 今朝の読売新聞に10年前に起こった「ペルー人質事件」の記事が載っている。藤森大統
領時代の1996年(平成8年)12月17日、天皇誕生日レセプションが開かれていたペルーの日
本大使公邸をゲリラが襲撃した事件である。(下記参照)

 「天皇誕生日レセプション」とはあまり耳に馴染まない催し名かもしれないが、これは
日本が天皇誕生日をナショナル・デーとし、その公式宴会(レセプション)名である。ア
メリカなら「独立記念日」を、ドイツなら「東西ドイツ統一記念日」をナショナル・デー
とし、どこの国の在外公館も年に一度の最大行事と位置づけ、当該国の要人数百人を招い
てレセプションを開いている。

 当時のペルー大使公邸にもペルー国内の経済界などの要人が多数集まっており、そこを
ゲリラが襲撃したのだった。ペルーでは今年も12月5日に開催したという。

 ところで、実は台湾でも「天皇誕生日レセプション」が開かれている。日本と台湾が断
交して31年後の平成15年(2003年)12月12日、当時の内田勝久・交流協会台北事務所長(
駐台湾大使に相当)が開いた。

 台湾で日本のナショナル・デーである天皇誕生日レセプションが催されることは画期的
な意味を持つ。壮挙と言ってよい。同時期に中国でも天皇誕生日レセプションは行われて
いる。つまり、政府の予算措置を要するこの天皇誕生日レセプションが中国とは別に台湾
で行われることは、日本政府が台湾を「統治の実態」と認めたことに他ならないからであ
る。この意義はいくら強調しても足りない。

 もちろん、台湾を自国領と主張する中国政府はこの挙に対して口を極めてののしりなが
ら厳重抗議を行い、中国外交部は在中国日本大使館に類似事案を二度と起こさないよう申
し入れている。

 しかし、内田大使はまったく意に介さず、その翌年(2004年)も12月16日に開催し、大
使が池田維(いけだ ただし)氏に替わった平成17年(2005年)にも12月16日に粛々と開
いている。今年は12月19日に行われる予定だと漏れ聞く。

 内田大使が天皇誕生日レセプションを台湾で開催するようになった経緯については、そ
の著『大丈夫か、日台関係』(平成18年5月、産経新聞出版刊)に詳細を記しているので、
ご参照いただきたい。

 ちなみに、毎年、台湾の天皇誕生日レセプション会場に黄昭堂・台湾独立建国聯盟主席
は「祝 天長節」と立札に記した生花2基を贈り、主催者の交流協会台北事務所側は入口
に据えて招待者をお迎えしているそうだ。呵呵大笑。

                     (メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)


ペルー人質事件から10年、「人生変わった」枢機卿ら
【12月17日 読売新聞】

 日本人24人を含む72人が127日間にわたりゲリラに拘束されたペルーの日本大使公邸占拠
・人質事件の発生から17日(日本時間18日)で10年となる。
 武力突入による人質救出作戦で、ゲリラを含め17人の死者を出した衝撃的な結末につい
ては、賛否両論があり、関係者もいまだに心の整理をつけかねているようだった。(リマで 中島慎一郎)

 事件が起きたリマ・サンイシドロ地区の高級住宅地にある日本大使公邸跡地。壁には「
売り地」の看板が掲げられている。
 守衛室のガラス窓や壁には左翼ゲリラ、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)の部隊
14人が乱入した際に残した弾痕が今も生々しく残っていた。更地となった敷地の奥には、
武力突入のために掘られた地下トンネルがぽっかり口を開けていた。当時公邸の庭師とし
て事件に遭遇し、今も跡地を管理する男性(43)は「悲惨な事件の舞台だけに、なかなか
買い手が付かない」と漏らした。
 今月5日、新しい日本大使公邸で天皇誕生日のレセプションが開かれた。建物は四方を
高さ約5メートルの二重の壁に守られている。
 レセプションには当時ゲリラとの仲介役を務めたシプリアニ枢機卿も出席し、元人質た
ちと10年ぶりに再会した。
 枢機卿と言葉を交わした日本航空関連会社勤務の杉丸政則さん(60)は、「事件で『人
生が変わった』と話していた。武力突入で犠牲者を出してしまったことが仲介役としてよ
ほど無念だったのだろう」と、枢機卿の心の傷について代弁した。
 武力突入の際に右太ももを撃たれ重傷を負った豊田通商勤務のペドロ・アリトミさん
(68)はフジモリ元大統領の義弟。青木盛久大使(当時)らと最後まで厳しい監視下に置
かれた。武力突入については「よくやったと思う」と評価する。
 フジモリ元大統領は本紙との会見で、事件を「テロリズムとの最後の戦いであり、勝利
だった」と位置づけた。
 しかし、武力突入を巡っては、武器を持たずに投降したゲリラが処刑された疑惑も持た
れている。当時担当検察官として事件の調査にかかわった人権団体顧問のロナルド・ガマ
ラさん(48)によると、ようやく最近調査が終了し、来年には訴追手続きが始まる。ガマ
ラさんは「真相が明らかにならない限り、この事件を忘れてはいけない」と語った。

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