中心を失い浮遊する日本に活を  田久保 忠衛(杏林大学名誉教授)

中心を失い浮遊する日本に活を  田久保 忠衛(杏林大学名誉教授)

【産経新聞「正論 戦後76年に思う」:2021年8月11日】

 国際情勢の激変に対する柔軟な対応と称賛すべきなのだろう。ちょうど30年前の湾岸戦争から日本はゆっくりとではあるが、「普通の国」を目指して戦後76年を迎えたと思う。

◆「普通の国」への反発

 当時、外務省は「普通の国」に対する反発が強く、国家として軍事的国際貢献はできないから資金面のサービスで勘弁してほしいとの「ハンディキャップ国家論」が有力だった。台湾に対する拒否反応も尋常ではなく、李登輝氏の訪日ビザまで発給を渋った外務省がいまは台湾防衛に無関心でいられるはずがない。

 しかしながら国全体の足取りは鈍く、依然として戦後から?脱(せんだつ)できていない。防衛白書は中国の脅威を「懸念」という表現でごまかし、国会は新疆ウイグル自治区における中国の行動を非難する決議も出せない。尖閣諸島(沖縄県石垣市)に関連した日本側の行動は極度に消極的だ。

 国際社会における日本の存在感が著しく強まったのが安倍晋三政権時代であることに異論を差し挟む余地はないが、それを引き継いだ菅義偉政権では、バイデン米政権が展開する一連の対中政策の最前線のプレーヤーとして新たに重要な役割を担うに至った。

 バイデン大統領は今春、日米首脳会談を皮切りに韓国、G7(先進7カ国)、NATO(北大西洋条約機構)諸国首脳と直接会談し副大統領、国務・国防両長官、国務副長官らが手分けをしてインド、シンガポール、ベトナム、フィリピンなどを訪れ、対中政策を協議している。世界規模の対中包囲網が張りめぐらされつつある。

 だからこそ、日米首脳会談後の共同声明で菅首相が日本の防衛力を「強化することを決意した」の文言は特別の含蓄を持っている。米週刊誌タイムはカバーストーリーで会談を取り上げ、「21世紀の『特別な関係』だ」と表現した。『特別な関係』は、英首相だったチャーチルが例の鉄のカーテン演説で使用して以来、2大国間での最も緊密な関係を意味する。

◆日本は期待に応えているか

 実際にバイデン大統領は日米首脳会談後にジョンソン英首相との間で『特別な関係』を確認し、新大西洋憲章を発表した。私が思い浮かべたのは2000年10月に発表された最初のいわゆるアーミテージ報告書だ。当時、集団的自衛権に関する旧来の解釈を頑(かたく)なに変えようとしなかった日本に解釈の変更を促しつつ、欧州における米英の関係をアジアにおける日米関係にしたい、との要望を同報告書は示唆していた。

 いまの日本に少なからぬ国際的期待が寄せられているのは、すこぶる名誉と思う。だが国内の実情はそれに応えているかどうか。コロナ禍とオリンピックに忙殺された菅首相に過大な注文かもしれないが、日本が直面する国際情勢にどれほどの危機感をお持ちなのか、真意は伝わってこない。

 健全な野党が存在しないことが理由かどうかは分からないが、自民党全体の空気が弛緩(しかん)しているのは数々のスキャンダルが後を絶たないところからも明らかだろう。いまに始まったことではないが、自民党本来の精神が稀釈(きしゃく)されて党自体が左に浮遊している。ウイングを拡(ひろ)げているなどの言い方は単なる弁解にすぎない。

◆国への熱い思いを出発点に

 悩ましい日々の中でたまたま麗澤大学准教授の米人日本研究者であるジェイソン・モーガン氏が、国家基本問題研究所発行の国基研紀要最新号に書いた「『例外状態』としての戦後の日本─法律、領土、国民、国家統合」と題する原稿を読んで衝撃を受けた。彼が指摘しているのは、戦後の日本が北方領土、靖国神社、拉致問題など何一つ解決できない、国家の機能不全ともいうべき状況に陥った赤裸々な事実だ。

 『例外状態』は、日本が普通の主権国家ではないという意味で使われた用語だ。どうしてそうなったのか。天皇の地位を変更し、日本国憲法を強制し、東京裁判で裁き、靖国神社を国から引き離すなど、単なる憲法9条だけでなく、日本の文明全体の抹殺を図った勢力がいた。米国のリベラル派だ、という。従来からある日本側の言い分だが、米国の気鋭の学者がこのような見解を述べるには並外れた勇気を要したに違いない。

 同氏は徒(いたずら)に過去を取り上げて日米間の争いとするのではなく、「とくに日本のように驚くべく豊かで、長い歴史を持つ国」に、国民国家への回帰を求めているのだ。「思想的グローバリズムから強い民族主義国家への回帰」という問題の立て方には異論がないでもないが、中心を失ったまま浮遊している観のある戦後の日本に活(かつ)を入れてくれた尊い助言だ。

 東京五輪の国際舞台で、国歌が演奏され、国旗が掲揚される度に胸が熱くなるのを覚えた日本人は多かったろう。「国際」の中で日本がアイデンティティーを示す出発点になるに違いない。(たくぼ ただえ)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。

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