「台湾産ワクチン」接種開始が内外に広げる大波紋 高橋 正成(ジャーナリスト)

「台湾産ワクチン」接種開始が内外に広げる大波紋 高橋 正成(ジャーナリスト)

 昨日の本誌で、蔡英文総統が台湾初の国産ワクチンを接種したという報道に接し、台湾では高端疫苗生物製剤(メディゲン・ワクチン・バイオロジクス)と聯亜生技開発(UBIアジア)の2社が新型コロナウイルスワクチンの開発に取り組んできていて、高端製ワクチンが7月18日に台湾での緊急使用許可(EUA)を取得したことで、蔡総統もこのワクチンを接種したことをお伝えしました。

 蔡総統がまさにわが身を挺して接種して集団免疫の獲得に向けた接種を呼びかけたにもかかわらず、この台湾自前のワクチン接種に反対を唱えるのが中国国民党で、訴訟や住民投票に持ち込もうとしています。

 新型コロナウイルスのワクチン開発は、世界各国で150種類以上の開発が進められているそうで、台湾はそれにたどり着いた数少ない国の一つで、誇るべきことなのにどうして反対するのだろうと訝しく思っていたところ、ジャーナリストで中国語の通訳と翻訳もこなす高橋正成(たかはし・まさしげ)氏がこの件について詳しく書いていました。

 高橋氏は「今後、新型コロナワクチンでも、台湾は半導体のように世界進出の可能性を示唆している」と指摘していますが、同感です。

 昨日の本誌で読売新聞の記事を紹介したのは「台湾にとって、自前のワクチンを持つことは、外交・安全保障上も重要な意味を持つ」と指摘していたからです。

 すでに中国が「ワクチン外交」を展開して、台湾と国交を持つ国に働きかけて断交させようと企てています。しかし、台湾が自前のワクチンを開発したのですから、遠からず中国の「ワクチン外交」が通じなくなることは火を見るより明らかです。台湾産ワクチンが外交・安全保障上も重要な意味を持つとは、中国の圧力や陰謀を跳ね返す強力な武器になるということす。

 いまや台湾の半導体をどこの国も欲しがっているように、性能の高いワクチンもまた世界から引っ張りだこになることは目に見えています。台湾の存在感がいまよりはるかに高まり、国際機関などに加盟する道も自ずと開けてくるかもしれません。名実ともに自立した国になる道も開けてくるかもしれないのです。

 それほどに重要な国産ワクチンだというのに、なぜ中国国民党は反対するのでしょうか。「国際政治の面からも、台湾産ワクチンの動向は目が離せない」と指摘する高橋氏の要諦を押さえた論考を下記にご紹介します。

—————————————————————————————–「台湾産ワクチン」接種開始が内外に広げる大波紋野党は緊急使用許可に疑問投げかけるが…高橋 正成(ジャーナリスト)【東洋経済ONLINE:2021年8月24日】https://toyokeizai.net/articles/-/450247

 2021年8月23日午前、台湾の蔡英文総統は台湾内で開発した新型コロナワクチンの接種を終えた。8月16日に自身のソーシャルメディア(SNS)ページで接種予約をしたことを明かし、注目をされていた。

 接種したワクチンは、7月18日に緊急使用許可(EUA)を取得した高端疫苗生物製剤股?有限公司(MEDIGEN VACCINE BIOLOGICS CORP)の「MVC-COV1901」(高端社製ワクチン)だ。台湾ではアストラゼネカ社製ワクチン接種が普及したが、血栓の懸念があることを理由に、中国国民党(国民党)をはじめとする野党が「アストラゼネカ製ワクチンを接種して安全性を証明しろ」と、しきりに蔡総統に訴えていた。しかし蔡総統はこれに応じることはなく、高端社製の接種予約が始まると予約したのだった。まさにこの日のためにその腕を残し、台湾産ワクチンの信頼性を自らの体で証明しようとしているのだ。

◆アメリカから抗原取得、技術協力を得ての開発

 世界的なワクチン不足や中国による再三の妨害で、ワクチン入手が困難を極めた台湾。これまで、日本やアメリカをはじめとする友好国による無償提供で難局を乗り越えてきた。そのような中での台湾産ワクチンの登場は、台湾の人々に大きな安心感をもたらしたに違いない。日本人なら誰もがうらやむ、自分たちで開発したワクチンの誕生である。しかも、第2フェーズの治験結果がアストラゼネカ社製よりも優秀だったことで、人々の関心は相当に高い。しかし、一方で台湾内ではこれに反対する声が中国国民党(国民党)を中心に上がっているのだ。

 高端社製ワクチンは組換えタンパクワクチンに属し、アメリカ国立衛生研究所(NIH)から抗原を取得、技術協力の下で開発された。同種のものでは、アメリカ・ノババックス社や塩野義製薬など各社で開発や治験が進んでいる。今回のコロナ禍で初めて使用されたファイザー・ビオンテック社製やモデルナ社製のmRNAワクチンと違い、この種のワクチンは世界中で使用実績があるものだ。

 緊急使用許可(EUA)取得に当たり、高端社は第2フェーズの臨床試験で台湾全国11カ所の治験センターで計4000人(有効者3815人、最高齢は85歳)に接種し、結果をまとめた。一般的に、第1、第2フェーズでは少人数で安全性を中心に調べ、第3フェーズでは多人数による有効性や安全性を調べるとされている。ワクチンと偽薬(プラシーボ)を接種して比較するのは第3フェーズだ。しかし高端社では、EUA取得を考えて第1フェーズと第2フェーズでの治験数を通常よりも多く行い、有効性や安全性も同時に確認したのだった。

 まず安全性では、重篤な症状が出た人は皆無だった。発熱した人は、ワクチン接種群で0.7%、偽薬接種群では0.4%。疲労感があった人はワクチン接種群で36.0%、偽薬接種群では29.7%。筋肉痛があった人はワクチン接種群で27.6%、偽薬接種群では16.6%。頭痛があった人はワクチン接種群で22.2%、偽薬接種群で20.0%。瀉腹(*註)があった人はワクチン接種群グループで15.1%、偽薬接種群では12.6%。吐き気・嘔吐があった人はワクチン接種群で7.7%、偽薬接種群では6.7%。局所性の反応では、主なものは注射部位の痛みで、ほとんどが軽度だった。*編集部註:瀉腹(くだりばら)は下痢のこと。

 次に有効性では、抗体陽転率(Seroconversion rate)は99.8%。特に20から64歳の間では99.9%に達し、ほぼ接種者全員に抗体ができたことを意味する。次に幾何平均抗体価(Geometric mean titer)は662。特に20から64歳の間では733を記録し、比較対象のアストラゼネカ社製の3.4倍だった。幾何平均上昇倍率(Mean geometric titer increase fold)は163倍。特に20から64歳の間では180倍に達した。

 これらのデータから、専門家による審議を経て高端社はEUAを取得した。一連の検品などの確認を終え、8月16日から高端社製の接種予約を開始し、2021年8月20日正午までに59万9613人が予約、実に接種資格のある人の66%に達し、期待の高さがうかがえる状況だ。

◆「台湾産」接種に反対する中国国民党

 世界的なワクチン不足が叫ばれる中、誰もがうらやむ新型コロナワクチンの国内開発、製造に成功した台湾。しかも有効性は世界で最も接種されているアストラゼネカ社製を上回るという。8月23日に接種を開始したが、それでも反対の声が上がっている。

 2021年8月4日、前台北市長の●龍斌氏と楊志良・元衛生署長(厚労相に相当。後の衛生福利部)は、高端社がEUAを取得して同社のワクチンが世に出たことは、生命や身体に危険が及ぶ可能性が高い。決定は違法であるとして、台湾高等行政法院(裁判所)にEUA撤回を求め訴えた。

 ちなみに●氏の父は、李登輝元総統と政治闘争を繰り広げたとされる●柏村元行政院長(首相に相当)である。戦後、?介石とともに台湾に渡ったいわゆる外省人系軍人で、大物政治家であった。

 しかし裁判所は、●、楊両氏にとって、ワクチン接種における選択肢が広がっただけで、権利や法律上の利益を損なったとはいえない。また、薬事法の中のEUAに関する規定では、突発的に緊急事態に陥った公共衛生事件が発生した際、特定の医薬品(ワクチンなど)が公共の利益にかなう場合に認められるもので、特定の個人などの権利を保障するためではないとして訴えを退けた。(●=都の者を赤に)

 次に起きたのは2021年8月17日。台湾中北部の苗栗県議会で、国民党議員らが新型コロナワクチンの接種では、国際的に認められたものに限るよう動議したのだ。民主進歩党(民進党)議員も含め異論がなかったため、議案はそのまま通過してしまった。「国際的に認められた」とあるが、先の?、楊氏の訴えと同じく高端社製を念頭に置いた動きである。

◆9割の人が台湾産の接種を希望した県も

 しかし、どのようなワクチンを選択するかの自由は国民自身にある。その後、8月20日正午現在のまとめで、苗栗県では接種対象者1万800人のうち、9782人が高端社製を予約したことが分かった。実に同県の90.5%の人々が台湾の高端社製を選択したのだった。

 反対派の攻勢はさらに続く。8月20日、蘇偉碩医師を中心とする団体が「高端社製ワクチンのEUA撤回を求める住民投票へ向け、10万人の共同提議者募集」の記者会見を開き、賛同を求めたのだ。

 彼らの主張は、「あくまでも第3フェーズの治験を終えてから世に出すべきだ」というもの。民進党が与党である以上、反対の声を届けられるのは住民投票だとして、23日の接種開始には間に合わないが住民投票に諮りたいとしている。今後、どのような状況に発展するのか注目していきたい。

 反対派の主張のポイントは、第3フェーズの臨床試験を終えておらず変異株への有効性が未知数であるというもの。また、イミュノブリッジング試験(immunobridging、既存のワクチンの効果と比較して有効性を見る方法)や製造コスト、政府調達のプロセスなどが不明瞭、海外旅行ができない可能性などがある。

 しかし、現在、日本国内で接種しているファイザー・ビオンテック社製やモデルナ社製のワクチンも第3フェーズの臨床試験は継続中だ。仮に民進党の意向が働いて高端社がEUAを取得できたとするならば、もう1社の連亜生技社(UBIアジア)にもEUAを与え、国内ワクチンの拡充を図ったはずだ。しかし実際には、アストラゼネカ製に比べ劣っていたとしてEUAは見送られた。このことからも、専門家による厳格な審査がなされたと考えるのが自然である。

 また、海外渡航について言えば、2021年8月初旬にアメリカが入国に際してはワクチン接種を義務化することを検討しているとの報道があった。しかし、8月19日時点で、EU各国においては、台湾人はPCR検査などの陰性証明があれば入国可能である。今後の情勢にもよるが、少なくとも現在はワクチン未接種で海外旅行ができないことはない。

◆アメリカも期待するワクチン輸出

 さらに高端社製ワクチンに一層の期待が高まるニュースがあった。8月19日、台湾中央感染症指揮センター(台湾CDC)指揮官の陳時中・衛生福利部長(厚生相)は、前日にアメリカ在台湾協会(AIT、実質的な台湾でのアメリカ大使館)のサンドラ・オウドカーク代表がCDCを訪れ、新型コロナワクチンに関するアメリカと台湾両国の政策とワクチンパスポートを含む入国管理などについて話し合ったことを明らかにした。議題には両国ワクチンの相互承認も含まれており、アメリカが高端社製について注目しているという。

 NIHの強力なバックアップの下で開発されたワクチンなので、アメリカ政府が注目するのは当然のことだろう。ただ、このニュースは単に国民党を中心とした台湾内の高端社製反対派や、中国へ牽制のサインとなっただけではない。今後、新型コロナワクチンでも、台湾は半導体のように世界進出の可能性を示唆しているのだ。

 中国がワクチン外交を各国で展開する中、アメリカとしても自国の「血を分けた」ワクチンが、自らの供給不足分をカバーできるかもしれない。国際政治の面からも、台湾産ワクチンの動向は目が離せないのである。

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高橋 正成(たかはし まさしげ)ジャーナリスト特に台湾を中心に、時事問題をはじめ、文化、社会など複合的な視座から問題を考えるのを得意とする。現役の翻訳通訳者(中国語)。

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