――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港165)

――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港165)
【知道中国 2283回】                       二一・十・初二

――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港165)

長い道草を食ってしまったが、ここらで第六劇場の戯単に立ち戻りたい。

第六劇場の戯単――B5大のピンクの紙に印刷されていた――は切符売り場に置かれていた。持ち帰り自由だから、新しい戯単が置かれるや数枚を持ち帰って資料として保存した。

久々に戯単のファイルを引っ張り出して手にしてみたが、保存状態は至極良好(?!)。100枚近い戯単の1枚1枚を眺めながら、ライブで録音したカセットを回すと、当時の舞台が鮮やかに蘇る。これも虚仮の一念。とはいえ、物持ちの良さに呆れ返るばかり。

たとえば1971年4月分の戯単を見ると、最上部に右から左へ「?園遊戯塲」と記され、その下に同じく右から左に「特聘 春秋戯劇学校 公演名劇」とあり、2日から22日までに予定されている演目が並ぶ。

 4月2日(星期一):「岳家荘」「起解」「定軍山」

4月3日(星期二):「十八?」「罷会宴」「古城会」

4月4日(星期三):「放牛」「紅?烈馬」

4月5日(星期四):「湯懐自刎」「全部 紅簾寨」

4月6日(星期五):「黄金台」「打漁殺家」「三叉口」

4月7日(星期六):「大英節烈」

4月8日(星期日):「捉拿張四姐」「小放牛」「牧羊巻」「覇王別妃」

4月9日(星期一):「摩天嶺」「法門寺」

4月10日(星期二):「大賜福」「小放牛」「李陵碑」「拿高登」

4月11日(星期三):「白水灘」「群英会」

4月12日(星期四):「二進宮」「三娘教子」「一箭仇」

4月13日(星期五):「?城」「起解」「玉堂春」

4月14日(星期六):「文昭関」「盤絲洞」

4月15日(星期日):「冀州城」「全部 四進士」

4月16日(星期一):「黒松林」「別窰」「武家坡」

4月17日(星期二):「黄金台」「奇冤報」「小放牛」「古城会」

4月18日(星期三):「秋胡戯妻」「轅門斬子」「大泗洲城」

4月19日(星期四):「櫃中縁」「罵殿」「拾黄金」「四杰村」

4月20日(星期五):「天官賜福」「洪羊洞」「五花洞」

4月21日(星期六):「伐子都」「翠屏山」

4月22日(星期日):「四郎探母」

 続いて、「新戯予告」欄には「武松与潘金蓮」「全部牧羊巻」と記されている。

 一見すれば、なんの変哲もないような演目の羅列だが、すべてが6時から11時までの4時間前後の公演時間にほぼ納まるように組んである。

 4月22日の「四郎探母」は、すでに述べておいたように中国でも台湾でも政治的理由から公演が禁じられていた。また文革では古典京劇は全面禁止であっただけに、ここに示した演目など中国で観劇することなど絶対に不可能だった。

 4月17日の「奇冤報」を含め、この戯単には記されていないが第六劇場で飽きるほど目にした「鉄公鶏」「大劈棺」などは、建国直後に共産党政権が行った「旧劇改作工作」によって「社会主義道徳・科学思想に反する」との理由から完全に禁止された演目である。

いわば中国では金輪際お目に掛かれないと思われた演目を、第六劇場ではイヤと言うほど堪能できたわけだから、顧頡剛が説くように「見て見てみまくらずにどうして辛抱しておれよう」。かくして「とうとう私は『芝居狂』になってしまった」次第・・・である。《QED》

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