――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習87)

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習87)
【知道中国 2421回】                       二二・九・仲三

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習87)

?介石から「共匪」のレッテルを貼られた毛沢東と彼が率いた共産党による活動を、広く西欧社会のインテリ層に知らしめた3人のアメリカ人ジャーナリストを通称「3S」と呼ぶ。『中国の赤い星』のエドガー・スノー、『中国の歌ごえ』や『偉大なる道 朱徳の生涯とその時代』のアグネス・スメドレー、それにアンナ・ルイス・ストロングである。

アンナ・ルイス・ストロング(中国語音で「安娜・路易斯・斯特朗」と綴る)の中国入りは、ソ連経由であった。20年代後半に香港や武漢に滞在し、46年には9か月にわたって共産党支配地域に滞在し、後に毛沢東から「原爆は張子の虎」の発言を引き出した。

49年にスパイ容疑でソ連から追放処分を受けた彼女は、名誉回復3年後の58年、全土が大躍進熱にうなされていたに中国へ渡っている。事実上の亡命だ。64年以降は「北京からの手紙」を発行し続けた。

香港の中国系の香港朝陽出版社から出版された『中国的変化』は、「中国からの手紙」を中心に、60年代後半に書かれた文革礼賛の文章を集めたものである。

巻末に置かれた「中国からの手紙(第69便)」は、「第69便をもって1969年は閉じますが、私は必ずしも喜んではいません。来るべき70年の上半期に最終便が書けることを希望します。最終便で新中国に対する、そして私が生涯を通じて求めてきた事業に与えた中国の影響についての私の思いを伝えたいと思います。それが来るべき第70便であり、同時に私の書く最後の手紙となります」で閉じられている。

 

第70便を書きたいという希望を果たせぬままに、70年3月29日に彼女は「マルクスに見える旅」に出立してしまった。同じ頃、�小平は“幽閉先”である江西省の片田舎の旋盤工場で低血糖が原因で昏倒し、以後、午前は工場作業で、午後は家庭菜園作業となった。自分で育てた野菜で栄養を補給せよ、である。まさに「自力更生」であった。

さすがに「3S」の1人だ。『中国的変化』は終始一貫して毛沢東万歳、文革礼賛である。

たとえば「20年前、1949年10月1日、中華人民共和国は北京で建国を宣言した。この20年の中国国内の発展と中国と世界の関係は、歴史的に意義のあること」ではじまる「中国20年の巨大な変化」には、

「20年前、中国は無力の国家だった」が、「現在の中国は強国であり、帝国主義者が連合しても屈服させることは不可能である」。

「20年前、中国は内外債務を持つ国だった」が、「現在の中国には如何なる債務もない」。

「20年前、中国は領土・人民の面で分裂した国家だった」が、「現在の中国は統一した国家であり、一年又一年と団結は固まっている」。

「20年前、中国人民は暴力革命によって、帝国主義、封建主義、官僚資本主義から自らを解放した」。以来、革命を継続し、「1966年には文化大革命において思想を解放した」。

「20年前、中国は水害や飢饉が頻発することで知られた国だった」が、「今日では洪水は制圧され、過剰な水は農地に灌漑されるだけでなく、飢餓に苦しむ者はいなくなった」。

「20年前、中国は疫病が流行した国家だった」が、「現在の中国はすでに健康国家だ」。

「20年前、中国は文盲で有名な国家でもあった。中国人の80%以上が文字を読めず、書けなかった」が、「現在では、このような情況はすでに克服された」。

 確かに「20年前」に較べれば「巨大な変化」ではある。だが、毛沢東政治の「20年」の内実は誉められたものではないだろう。いまとなっては叶わぬ望みとはいえ、「最終便で新中国に対する、そして私が生涯を通じて求めてきた事業に与えた中国の影響についての私の思い」を、是非とも綴っておいて欲しかった。

85年に及んだ彼女の人生は、中国政治の核心が宣伝にあることを如実に物語る。《QED》

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