――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習84)

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習84)
【知道中国 2418回】                       二二・九・初七

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習84)

『列寧在十月』は「プロレタリア階級の偉大な指導者のレーニンは自ら社会主義10月革命の勝利を導いた。10月革命は資本主義殖民体系に死刑を宣告し、世界革命人民の前進すべき方向を指し示した。革命は発展の渦を巻き人民は前進する。いまや世界は毛沢東思想の新しい時代に入った。全世界のプロレタリアよ、決起せよ。マルクス主義、レーニン主義、毛沢東思想の偉大な紅旗を高く掲げ、10月革命の路線に沿って雄々しく前進せよ」で終わる。この激語が習近平の脳裏でフラッシュバックしている・・・まさか。

 かつて毛沢東は「ソ連は最初の社会主義の国であり、ソ連共産党はレーニンが創造した党である。いまソ連の党と国家は修正主義者に簒奪されてはいるが、ソ連の広範な人民、広範な党員と幹部は立派であり革命を強く望んでいる。修正主義の統治が長続きするわけがないことを、同志諸君は固く信ずるべきだ」と、修正主義への“堕落”を強く糾弾した。

 『列寧在十月』もそうだが、「継続革命の大道」に命を捧げた金訓華の「火焔にも似た二十年の青春」を歌いあげる『金訓華之歌』も、今にして読み返せば気恥ずかしいばかり。

 「鮮やかな雲間に立ち、紅い太陽をにこやかに迎えるのは誰。銀色に耀く鋤を肩に、神州(そこく)を流れる川という川に喜びの視線を送る。嗚呼、紅旗は山々の頂に翩翻として並び立つ。湧き上がる歌声よ、雲を衝き抜け天にも届け・・・『生きては革命に身を焦がし、一生を毛主席に捧げよう』」と、200頁余の大長編叙事詩『金訓華之歌』は始まる。

「労働者世代の良き後継者、新時代の若き猛将」たる金クンは「時まさに四九年」、「新中国と同じ年」の「春浅き二月」に生まれた。もちろん母親は「労働者の一日も早い解放を、人民の兵士たちの一日も早い捷報を、大恩人の毛主席にお願いした」。だが体力が産前に戻らないうちにも働かねばならない。仕方なく母親は乳飲み子の金チャンを抱いて工場に出るが、親方に見つかったらクビになってしまう。労働者に強いられた苛酷な運命だ。

だが金チャンは泣かないし、むずがらない。大きなメダマを見開いて静かにしている。「まるで親方が凶暴で、資本家が心の真っ黒な極悪人だということを知っているようだ」。生まれたばかりなのに既に資本家の悪辣さを熟知していたというから、畏るべき早熟さ。いや、生まれながらの筋金入りの共産主義者だったわけだ。

やがて「五星紅旗が空高く揚がり、毛主席が天安門の楼上に立つ。大きな手を一振りすれば、たちまち大地は耀きわたる」。建国が達成された瞬間である。

金チャンから金クンへと成長するに従って毛沢東の著作の学習に熱が入る。毛選集を手にするため、「凍てつく寒風、吹きつける雪」の中、彼は書店の前に幾晩もジッと並ぶ。

「心に焦がれる毛主席の著作だ。骨を刺す寒風も、身に積もる雪も恐れない。寒いから、その場で地面を踏んで耐える。眠いから、掴んだ雪で顔を拭う。夜が明ければ、毛主席の著作が手に。喜びが爆発する。学校への道すがら、口をつく歌。偉大な著作を手にかざす」。それからは、寝ても覚めても毛沢東の著作の学習である。「好好学習 天天向上」だ。

やがて文革。彼は紅衛兵の先頭に立ち、「劉少奇を頭とするブルジョワ階級司令部」に敢然と戦いを挑む。次いで毛沢東の「偉大な戦略部署」に立つべく辺境に向かい、「自らの二本の手を以って、社会主義の祖国のために、理想的な辺境建設を目指」した。そんな日々にもかかわらず、彼は毛沢東の著作の学習を怠らない。「光栄で、偉大で、正確な党への入党が叶う日を熱く思い描いて」というから、これが感動せずにいられようか。

豪雨が続いたある日、スピーカーから「ソ連修正社会帝国主義が再び我が国境を侵そうと策動をはじめた」とのニュースが伝わった時、猛り狂った川の流れは堤防を越え、人々に襲い掛かってきた。すると金クンは「同志諸君、洪水を社会帝国主義に見立てて戦おう」と敢然と洪水に挑んだ。待っていたのは“予定調和”のような壮絶な死である。《QED》。

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