――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習31)

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習31)
【知道中国 2365回】                       二二・五・仲三

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習31)

 『中国共産党歴史簡編』には、毛沢東の功績が仰々しくも熱く語られている。

「毛沢東同志は我が国の英雄的なプロレタリア階級の傑出した代表であり、我が国の偉大なる民族の優秀なる伝統を備えた傑出した代表であり、彼は天才的な創造的マルクス主義者であり、人類最高の思想であるマルクス主義の普遍的真理と中国革命の具体的実践とを結合させ、しかるに我が国民族の思想をこれまで到達したことのなかった高みにまで引き上げ、限りない災難を背負わされた中国民族と中国人民のために徹底した勝利に至る正しい道を指し示した」

こうまで聞かされるとウンザリ・ゲンナリだが、もう少し我慢することにしよう。

「革命に当たっては毛沢東同志とその思想の導くところに従えば革命は勝利し、発展し、毛沢東同志とその思想の導くところに逆らう時、革命は失敗し後退する」。そこで次の結論が導かれることになる。

つまり毛沢東の指導の下で「正確な政治路線と軍事路線とを歩み」、帝国主義を中国から追い払い、「党内の右傾機会主義と“左”の傾向を時宜に適して正し、国内反動派を打ち破って偉大なる勝利を勝ち取った」。ならば、もはや毛沢東は万能の神である。

この歯の浮くような美辞麗句で毛沢東を徹頭徹尾にヨイショしまくっているのが、だれあろう劉少奇だから驚くほかない。

 その劉少奇は大躍進が結果として招きよせた災禍を「天災でなく人災だ」と決め付け、毛沢東の顔にドロを塗る。いや正確には毛沢東の逆恨み。「オレに顔にドロを塗った」と思い込んでしまったから堪らない。かくして69年末、劉少奇は「中国のフルシチョフ」「資本主義の道を歩む実権派」として事実上、惨殺されてしまう。

 そう考えると『中国共産党歴史簡編』は、なにはさておき延安以来の共産党幹部が毛沢東の下に一致団結していた時代の“欽定共産党史”と言ったところだ。

 だからこそ、「中国革命の勝利はマルクス・レーニン主義の新たな勝利であり、この革命は殖民地・半殖民地の国家における革命の典型である。この革命の勝利は一歩進んで帝国主義陣営を弱体化し資本主義陣営の矛盾を先鋭化させ、世界の2大陣営の対立競争において社会主義陣営に有利な変化をもたらす。この革命の勝利は、全ての圧迫された民族の反帝国主義闘争をこのうえなく鼓舞し推し進める。それゆえ、この勝利は世界的意義を備えた勝利なのである」と、中国革命の勝利を最大・最上、いや無限大に自画自賛してみせる。

これはもう正気の沙汰ではない。いよいよ毛沢東に引きずられた中国は迷走・暴走の時代に向かって驀進することになるわけだ。

59年9月には、『中国共産党歴史簡編』の続編と位置づけられそうな『輝煌的十年』(生活・讀書・新知三聯書店)が出版されている。

建国から10年の歩みを「輝煌的十年」と形容しているだけあって、この本に納められた執筆者は豪華極まりなく、論題は眩しく煌びやかだが、やはり大仰が過ぎて虚しい。

「マルクス・レーニン主義の中国における勝利」(劉少奇)、「偉大なる十年」(周恩来)、「党の総路線と毛沢東軍事思想の紅旗を高く掲げ雄々しく前進しよう」(林彪)、「中国人民の大団結と世界人民の大団結」(�小平)、「世界平和と人類の進歩の事業のために奮闘した10年」(陳毅)、「我が国社会主義建設の大躍進を論ず」(李富春)、「中国共産党は中国人民による社会主義建設の最高統帥である」(劉瀾濤)、「高速度で発展する我が国の鋼鉄工業」(王鶴壽)、「十年来の農業戦線における輝かしき成果」(廖魯言)、「二回目の十年のさらに偉大な勝利のために奮闘せよ」(人民日報社論)――

毛沢東の名前が見当たらないが、すでに別格扱いとなっていたからに違いない。《QED》

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