――「支那人は不可解の謎題也」・・・徳富(21)徳富蘇峰『支那漫遊記』(民友社 大正七年)

――「支那人は不可解の謎題也」・・・徳富(21)徳富蘇峰『支那漫遊記』(民友社 大正七年)
【知道中国 1796回】                       一八・九・念九

――「支那人は不可解の謎題也」・・・徳富(21)

徳富蘇峰『支那漫遊記』(民友社 大正七年)

 ■「(一六)取る乎與ふる乎」

 日本の「近時の對支交渉なるものをみると」、官と民、個人と団体の別なく「何物かを支那より取らんと欲」するばかりで、「何物かを支那に與へんと」はしない。これに反し「歐米人、殊に米人の如きは然らず」。たとえば「病院を設け、學校を設け、特に多額の金を投じて、留學生を誘ひ、之に特別の便宜を與へつゝあり」。彼らは「支那及び支那人に向て、大いに與ふる所あり、且つ與へんとするものゝ如き感想を支那人に與へつゝある也」。実際に、どれほどのものを与えることになるかどうかは別にして、「實利主義の支那人には、物質上の寄與は、必らず剴切なる印象を與へつゝあるに相違なけむ」。

 これに対し日本は与えることなく、「唯だ取らんと欲するに汲々」とするのみ。これでは「日支親善を高調」したところで却って逆効果だ。かくして徳富によれば、「今や米人は、多大の捨石を、支那に措きつゝあり。吾人は此の捨石が、物云ふ時節の到來するを、忘却す可らざる也」。

 「實利主義の支那人」を相手にするには、それなりの「捨石」が必要であり、日本人のように「唯だ取らんと欲するに汲々」としているようでは、いずれ強烈なしっぺ返しを喰らうことになる――これが徳富の説くところだ。

 ■「(一七)プロパガンダ」

 将来的には「所謂る第三の思想、及び感情の共響、同鳴の點を日支兩國人間に見出す」必要があろうが、目下のところ日本人には思いも及ばない。ところが「歐米人の如きは、夙に其の必要を感じ、支那に向つて、自己の主張を注入する」に努めている。

 その最たる例がドイツだが、「所謂獨逸人の『プロパガンダ』は、其の開戰以來、異常なる力を以て、支那を席捲しつゝあり」。ドイツ人は新聞、雑誌、小冊子、文字、さらには絵画を使ってプロパガンダを進めている。

「英米人の如きも、それ相應に、其の方面に力を竭し」ている。「上海には、米人の手によりて、日本惡口を專門とする雜誌あり」。「有力なる英人の機關新聞あり」。それら雑誌や新聞の主張は「直接に支那人に觸れざる迄も、先づ支那の新聞雜誌に及び、之を通じて、支那人に及ぶもの、其の影響决して少小にあらざる也」。

 支那における欧米のメディアが直接的に日本批判を目指しているかどうかは別に、大局的には日本と日本人に対するマイナス・イメージを植え付けようとしていることは明らかだろう。「歐米人が、此の如く努力しつゝあるに拘わらず、我が官民が、此の方面に於て、甚だ冷淡なる」ことに、徳富は「驚殺せられざるを得ず」。

 北京、奉天、上海、済南などにも日本人経営の新聞はあるが、「唯だ日常の問題に就て、日本人の立場より、支那人に向て、意見を開陳する」だけで、欧米メディアのように積極的な宣撫・洗脳工作をしようというのではない。

 プロパガンダに関するなら、日本は官民問わず余りにも無関心に過ぎる。

 ■「(一八)恩讎の念」

 日本側は「日支親善とさへ云へば、何時にてもその事が出で來るものと思ふ」。だが「支那人は此の如き、單純の人種」ではない。彼らは「文明に中毒」し、「自繩自縛」し、「極めて實利的の本能」を持つが、じつは「理窟に囚はれたる人種」だから、何をするにも「口實」「理由」が必要となる。彼らが掲げる「大義名分」とは、「此の口實也、理由也」。

日本は、このような「人種に對して理由も語らず、説明も與へず、藪から棒に、唯だ我が言い分を押し透さんとす」。これを、骨折り損の草臥れ儲けというに違いない。《QED》

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