――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘66)「孫文の東洋文化觀及び日本觀」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房)

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘66)「孫文の東洋文化觀及び日本觀」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房)
【知道中国 2106回】                       二〇・七・念二

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘66)

「孫文の東洋文化觀及び日本觀」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房) 

毛沢東の死から5年、対外開放から2年が過ぎた1981年に開かれた中国共産党11期6中全会で決議された「歴史決議」には、文革当初に掲げられた「社会主義のより深く、より広い、新たな発展段階」なる意義づけが全面的に否定され、文革は「党と国家と各民族に大きな災難をもたらした内乱である」と記されている。

もはや多くを語る必要はないだろう。「幼稚な發達をしか遂げて居ない此の政治學説を買被つて、孫氏の樣に大袈裟に吹聽することは愼むべきだ」との橘の苦言は、悲しいことに現在に至っても“効力”を失ってはいないらしい。

橘から「幼稚な發達をしか遂げて居ない」と見做された「孫文氏の亞細亞主義論」を、なぜ、その後も後生大事に持ち続けた日本人がいたのか。じつに不思議だ。

続いて橘は「彼の日本人に期待するところ」と題し、孫文が日本人に求めたことについて言及しているが、その前に「中國人に所謂國家主義思想の稀薄であると云ふ事實」を孫文秘書の戴天仇がどのように捉えていたのか。参考までに以下に記しておく。

「中國の現代一般の人々は非常に無政府的思想に傾き易い。動もすると現實を離れて事物を考へる傾向があり、思想は極端に走るが、現實の主張では非常に妥協性に富んで居る。それも老子の思想から影響を受けて居る。老子の思想では個人に對するのは宇宙であり、其の間に何一つ無きが故に總て極端に走るが、總て妥協する。其れは即ち老子は極端な個人主義であるからであります」。

以上が戴の主張だが、たしかに中国では「思想は極端に走るが、現實の主張では非常に妥協性に富んで居る」。宇宙と個人の間に「何一つ無きが故」かどうかは知らないが、たしかに中国人の振る舞いには「總て極端に走るが、總て妥協する」といった傾向が見られる。

 老子、極端な個人主義、無政府的思想に傾き易く現実から離れた考え、「思想は極端に走るが、現實の主張では非常に妥協性に富んで居る」――戴の指摘は記憶に留めておきたい。

 さて孫文の「彼の日本人に期待するところ」だが、ここで橘は「專ら孫氏が其の大亞細亞主義及び不平等條約廢止の實行に關して何を日本人に希望して居るかを述べ」ている。

 以下、橘の解説に従って孫文の考えを示しておく。

 ――まず孫文は「亞細亞諸民族に間に歐羅巴民族に壓迫に反抗して獨立運動の勃興したのは、日本が露西亞に對して戰勝した事が直接の刺戟となつた」と説く。

日露戦争からの20年ほどの間のアジアにおいては、エジプトからはじまりトルコ、ペルシャ、アフガニスタン、アラビヤと独立の動きが見られ、いまやインドもまたこの動きに続こうとしている。中国と日本が中心となってアジアの諸民族を連絡することで、アジア民族の独立運動は達成される。問題は、現時点で中国と日本の「兩中心が仲を惡くして、連絡どころか相反撥して居る」ことだ。だが目下のところはともかく、いずれ「將來は我々東亞細亞の各民族も亦大勢に促されて必ず連絡することになるであらう」。

孫文は不平等条約廃止の平和的達成を求め、国際的影響力を高める日本の援助を望んだ。日本が自ら築いた国際的地位をテコに中国を日本と同じ地位に引き上げて欲しいし、日本に西洋の覇道文化に対する東洋の王道文化の武力的擁護者となることを期待している。

「我々は口癖の樣に中國と日本は同文同種の國」であり、「之は兄弟の國であると云ふ事を意味する」。そこで「弟は兄と憂を分ち兄を援けて奮鬪し、不平等條約を改造して兄を奴隷的地位から救ひ出してやるべきである。さうしてこそ中國と日本とが再び兄弟の誼を結ぶ事が出來であらう」。

――こう孫文は「日本人に期待する」。だが孫文センセイ、身勝手が過ぎマスヨ!《QED》

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