――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘25)橘樸「中國の民族道德」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘25)橘樸「中國の民族道德」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)
【知道中国 2064回】                       二〇・四・廿

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘25)

橘樸「中國の民族道德」(大正14年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)

酷い仕打ちを受けても年貢が払えない場合、年貢代わりに娘や嫁を連れてゆく。あるいは地主の屋敷に設えた水牢に押し込んで衰弱させ、石灰で口を塞いで、死体をゴミ捨て場にポイッ。年貢が出せないから近くで漁をしてカネを作ろうとすると、収穫の60%以上を入漁料として取り上げる。抵抗すると、待っているのは地主が雇っているゴロツキの容赦のない暴力。

 もう、ここまで来ると「中國の民族道德」もへったくれもない。ただただオゾマシイばかりだ。怖いモノ見たさに、もう少し『開国大土改』から引用しておくのも一興か。

共産党からすれば、やはり地主は極悪非道の塊――「罪が多すぎて逐一挙げることは困難だ」――でなければならなかった。たとえば「黄門四虎」と恐れられた黄兄弟である。

長男は「奸淫、強奸、騙奸、婦女誘奸は数え上げられない。農民を殺した後、その妻、娘を奸淫し、その父親や兄を殺す。酷い場合は奸した後に殺す。その上、若い娘は商品として他の地方のゴロツキ、役人、地主に売り飛ばす」。次男の「暴虐ぶりは長男の上を行く。1950年に(地主糾弾集会で)群集が告発し調査した結果、被害者は54人。(彼は近隣の地域で)『初夜権』を持っていた。美人がいたら結婚初夜は先ず彼が楽しむ。その夜、彼は酒を喰らいアヘンを吸い、拳銃を手にして寝室へ向かう」。

父親は清末に役人として財を成し土地を手にして蓄財に励んだ。鉄製品工場、染色工場、雑貨店、アヘン商、毛皮商、木耳商、茶館、アヘン窟、旅館、賭場などを手広く経営。4人の息子は全員が国民党や反共救国軍の地方幹部であり、地方議会議員などの“公職”も務める。まさに地域の皇帝――土皇帝である。そこへ共産党が乗り込んで、正義の刃を振り下ろす。まあ、「テメータチャー人間ジャーネ~ッ」て具合に。

かくして悪徳地主は消え去り、農民は地主から取り上げた土地を自らのものとして豊かに幸せに暮らしたとなる。ここで、陳凱歌の乳母の教えを改めて思い出してもらいたい。

「昔から中国では押さえつけられてきた者が、正義を手にしたと思い込むと、もう頭には報復しかなかった。寛容など考えられない。『相手の使った方法で、相手の身を治める』というのだ。そのため弾圧そのものは、子々孫々なくなりはしない。ただ相手が入れ替わるだけだ。では、災禍なぜ起こったのだろう? それは灯明を叩き壊した和尚が寺を呪うようなものだ。自分自身がその原因だったにもかかわらず、個人の責任を問えば、人々は、残酷な政治の圧力や、盲目的な信仰、集団の決定とかを持ち出すだろう。だが、あらゆる人が無実となるとき、本当に無実だった人は、永遠にうち捨てられてしまう」。

『龍のかぎ爪(上下)』と『開国大土改』に記された「土地改革」における農民による地主への仕打ちは、まさに「相手の使った方法で、相手の身を治める」のそれだ。

「昔から中国では押さえつけられてきた者が、正義を手にしたと思い込むと、もう頭には報復しかなかった。寛容など考えられない」ということだろう。何度でも言いたい。ここには「中國の民族道德」なんぞという高尚さは、ツメの先ほども感じられない。

「土地改革」の嵐に巻き込まれたら最後、地主に「面子」を守る手段などありえない。人民裁判の場で怒り狂う農民を前にしたら、ひたすら「没法子」を決め込むしかない。

ここで考える。人民裁判とは農民を煽り、地主への憎悪を燃え上がらせることで「土地改革」の正しさを農民に叩き込もうとする群集心理に基づいた農民教育の場ではなかったか。地主に対する“告発者”は予め指示された役割に従って悲劇の農民を演じた役者であり、人民裁判とはその場に居合わせた全員を巻き込んだ壮大な芝居だった。人民裁判は、じつは共産党によって仕組まれた予定調和型報復芝居・・・そうであったに違いない。《QED》

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