【AC論説】蔡英文総統の就任演説

【AC論説】蔡英文総統の就任演説

             タンディ チャン

5月20日に台湾の新政権の式典で蔡英文総統が就任演説をした。新
政権の政策や抱負を述べたものだが、総体的に好意を持って迎えら
れ、一般民衆や外国の参加者、メディアから好意的な評価を受けた。
反対や批判はもちろんあったが、中国は台湾統一を主張しているの
で台湾人政権に圧力を加えるのは当然で、国内でも國民黨系、急激
独立派などの批判は当然のことだ。

蔡英文はまず最初に台湾の諸問題を挙げて、これらの問題解決に向
けての綱要を発表した。台湾の直面している諸問題とは、年金改革、
教育改革、資源とエネルギー問題、老年層の増加、環境汚染、国家
財政の不足、司法改革、食品安全、貧富格差の増大、社会安全など
である。

これら諸問題の解決について蔡英文は新政権の「五大主軸」を述べ
た。五大主軸とは、1.経済構造改革、2.社会安全網の強化、3.
社会の公平正義、4.区域の和平と発展と対中国関係、5.主軸外
交と世界進出、である。安倍政権の「三つの矢」に似た蔡英文の「五
つの主軸」である。

メディアが特に注目したのは対中国関係で、就任前から度々あった
中国の圧力、蔡英文が「一つの中国」と「92共識」に言及するかだ
った。だが蔡英文は「中台関係の過去と将来の発展」について述べ
ただけであったので直ちに中国と国民党から批判があった。中国は
台湾統一の野心があり、蔡英文の就任で台湾の独立意識が高まるこ
とを憂慮しているので、「92共識」と「台湾は中国の一部」を演説
に入れるよう圧力を加えていた。だから中国が不満を表明すること
は予期していたことである。

蔡英文が92年から続いて中国との外交交渉についていた真実を述
べたのは正しい歴史である。台湾は中国の領土ではないが現政権は
中華民国であって台湾ではない。蔡英文が台湾政府とか、台湾の総
統と述べたら間違いである。

一部の台湾人は蔡英文が台湾政府と言えば独立の表現だと期待して
いたが事実は曲げられない。但し蔡英文が南アジア諸国との経済合
作(南進政策)や自主外交の発展を述べ、中国と対話を続けると述べ
たのは中国の恫喝を怖れぬと言う態度の表明である。

●経済改革について

台湾の経済は馬英九政権の8年で急激に悪化した。馬英九の親中路
線、ECFA(経済合作協定)などの結果、資本が中国に投入され台湾
が空洞化したのである。蔡英文は新南向政策と貿易の多元性を主張
し、馬政権の単一市場(中国)政策から離脱すると述べた。

また台湾経済の主体性と諸国間の共同と平等性を強調したのは中国
の併呑型経済から抜け出す「脱シナ経済」の主張である。

蔡英文は過去の経済は諸国の技術に頼る代理生産だったが今では限
界に達しているので、以後は自主技術の発展と生産で永続性のある
経済を強調し、限りある資源の保持と環境汚染の防止に努力すると
述べた。

●社会安全問題

社会問題の要点は年金改革、犯罪率の増加、少子化と老人化社会の
問題である。世界諸国も同じような問題を抱えている。これらはい
ずれも解決の難しい問題だが、台湾の年金問題は既に破産寸前と伝
えられている。年金問題の解決は焦眉の問題である。

次にあげられるのは犯罪防止と社会安全の強化についてである。凶
悪犯罪の発生は社会の不安を増加させる。民衆の道徳教育、民衆と
警察の関係、民衆と独裁政治の関係、司法不信など、馬政権の放漫
を改善強化することである。

●社会の公平と正義について

台湾の社会問題で特筆すべきは「転型正義」、つまり独裁時代の暴政
や政治犯罪の歴史真相の摘発と解明である。蒋介石政権の特権階級
の略奪、無辜な人民の殺害事件などの解明、証拠隠滅など、真相の
解明、処罰と賠償である。

真相を解明で何が出来るか。処罰と賠償と和解、国民が満足するま
で行えるか。複雑で困難な問題であり、長期の調査と正義の執行が
必要である。。特権階級の略奪、警察の横暴、司法の不正など多くの
難問を抱えている。これは台湾人民が新政権に最も期待しているこ
とだ。蔡英文が就任演説で社会の公平と正義、転型正義を述べたこ
とに期待したい。

●区域の和平と発展

区域とは東南アジアのことである。中国の横暴な侵略がアジア諸国
の不満を募らせているが、馬英九は親中路線で中国の覇権について
或は沈黙し或は加担していた。中国は台湾人の敵であるが在台中国
人は中国に加担していた。中国は台湾独立に反対、武力攻撃で恫喝
している。「現状維持」とは台湾が中国と交渉を続けると同時に平和
と自由民主を主張し、アメリカが中国の侵略防止を表明している状
態のことである。独立を表明しないことが現状維持なのである。

蔡英文の「区域の平和」とは東南アジア諸国と連合して中国の覇権
に対応する、経済と政治で中国に対抗する連合である。つまり現状
維持とは独立を言わない独立で徐々に台湾の自主性を確立する長期
戦のことだ。

「区域の平和」とは嘗ての大東亜共栄圏と同じである。蔡英文は「和
平の擁護者」と「領土の主権」を主張したのである。

●自主外交の発展

中国は世界各国が中華民国と断交して台湾を孤立させることを強要
してきた。蔡英文の自主外交の発展とは積極的に諸国との外交関係
を回復させることで台湾が中国とは違う国と言う主張である。だが
この主張は台湾が中華民国を名乗る限り無効である。

台湾の自主発展は中華民国ではなく台湾国でなければならない。だ
が蔡英文が自主外交を主張したことは中華民国を捨てて台湾国に変
身する決心の表明かもしれない。自主発展で正名制憲を実施し、中
華民国から台湾国に変わることが可能か、何時になるかは不明であ
る。それでも蔡英文が就任演説で自主外交を表明したことは台湾の
独立願望の表れであると思って見守っていきたい。


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