【門田隆将】今、なぜ「台湾」なのか

【門田隆将】今、なぜ「台湾」なのか

【門田隆将ブログ「夏炉冬扇」:2016年12月15日】

 本日、衆議院第一議員会館の1階多目的ホールで『湾生回家』が上映された。国会議員を対象に
した上映会だったが、私も案内をいただいたので、観させてもらった。

 湾生とは、戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人を表す言葉である。日清戦争に勝利した
日本は、1895年、下関条約によって、清国が“化外(けがい)の地”と称していた台湾を割譲され
た。

 以降、太平洋戦争に敗れる1945年までの50年間、日本は台湾を統治し、多くの日本人が台湾に
渡った。台湾の人々と共に日本人は台湾の発展のために力を尽くした。その日本人の台湾で生まれ
た子供や孫は、いうまでもなく台湾を「故郷」とする日本人である。彼らが、「湾生」だ。

 日本の敗戦で台湾を離れることを余儀なくされた齢八十を超えた湾生たちに密着し、台湾への郷
愁、父や母への思いを丹念に描き出したドキュメンタリー映画が『湾生回家』である。また、芸妓
をしていた母親と2歳の時に別れた日本女性が台湾人の妻となり、老齢を迎えて病に倒れたもの
の、その娘と孫娘が執念で、日本での墓参を叶えるシーンは涙なしでは観ることのできないもの
だった。

 私の耳には、会場のあちこちからすすり泣きが聞こえてきた。感動のこの映画を観ながら、私
は、台湾がこれほど「クローズアップされている」ことに対しても、心を動かされた。

 というのも、先週、私もまた、日本と台湾の切っても切れない“絆”を表わすノンフィクション
を日台同時発売で刊行したばかりだからだ。拙著『汝、ふたつの故国に殉ず』(角川書店)は、日
本人の父と台湾人の母を持つ坂井徳章(台湾名・湯徳章)弁護士が、1947年の「二二八事件」で、
自分の身を犠牲にして、多くの台南市民を救った姿を描いたものである。

 「私の身体の中には、大和魂の血が流れている」「台湾人、万歳!」と叫んで永遠の眠りについ
たこの英雄の命日は、2014年、台南市で「正義と勇気の日」に制定された。私は、この映画に登場
する湾生たちを観ながら、“ふたつの故国”に殉じた坂井弁護士の心情を思わずにはいられなかっ
た。

 日本と台湾の人々がお互いを尊重し、真心と真心が通じ合った「歴史」を共有し合っていること
に、私は感動する。台湾で「あなたの一番好きな国はどこ?」という単一回答のアンケートをおこ
なうと、2位(中国)と3位(アメリカ)に、ほぼ「10倍」の差をつけて、日本がダントツの「1
位」という結果が出て来る。友情と思いやりを基礎に、これほど深い信頼を築いた二国間の関係と
いうのは、他には例を見ないだろう。

 12月2日のトランプ米次期大統領と蔡英文・台湾総統との電撃的な「電話会談」から2週間。トラ
ンプ氏は、この電話会談の前に、中国が南シナ海で進めている軍事施設の建設について情報当局か
ら3時間に及ぶ説明を受け、その際に「元に戻せないのか」と激怒していたことが報じられてい
る。

 また、FOXテレビのインタビューで、従来の“ひとつの中国”政策を維持するかどうかは、
「中国の貿易、外交政策次第だ」と、踏み込んだ発言をおこなった。まさに、“ひとつの中国”、
つまり「台湾併呑」と「南シナ海の完全支配」を目指す中国に、「ノー」の姿勢を打ち出したので
ある。

 一方、中国共産党系の「環球時報」は12月12日、「トランプ氏は、ビジネスしかわかっていな
い。外交を虚心に学ぶ必要がある」と批判し、「中国は断固として戦わなくてはならない」と、猛
反発した。

 激動を予感させるそんな時代を前にして、私は、「今なぜ台湾なのか」という思いで、今日、
『湾生回家』を観ていたように思う。世界が「台湾」の存在を注視し、さらに覇権国家・中国の動
向に目を光らせる「時」が、ついに来たのである。

 日本では、政治家もマスコミも、「中国」と聞けば、ただ「ひれ伏す」だけの時代が長くつづい
た。しかし、今日、『湾生回家』を一緒に観た政治家たちには、よもやそんな人はいまい。

 互いを尊重し、真心と真心が通じる台湾の人々の思いに応えてくれる政治家やマスコミが、少し
でも増えていくことを心から願いたい。


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