【通訳こぼれ話】田舎の素朴な阿桑たちとの出会い

【通訳こぼれ話】田舎の素朴な阿桑たちとの出会い

                   趙怡華(通訳者)

7月2日に発売された『週刊文春』の、後ろのほうのグラビアに台
湾の烏龍茶の紹介があります。

グラビアに使ったのは、私たちが朝4時半に起きて、記者とカメラ
マンと南投県竹山鎮の草むらでお昼までずっと待機してやっと撮れ
たワンショットです。

その時、蚊にさされた跡が、いまだに記念品として腕にしっかり残
っています。 台湾の蚊は毒が強いですね(笑)。

私は蚊の攻撃に耐えられず、無情にも記者とカメラマンを残して、
一人だけその辺をぶらぶらしていました。すると、近所の農家の敷
地に入り、地鶏や地ガチョウにエサをやる阿桑{「アサン」。日本
語のオジサン、オバサンの「サン」に由来する台湾語。オジサン・
オバサンを指す}に出会いました。

会話を交わしていくうちに、親しみが次第に増して来ました。

阿桑は私に「もうお昼も近いから、ご飯を食べていかないかい?ほ
ら、そこの肥えてる地鶏を絞めて、今旬の筍と一緒にスープにする
と美味しいんだよ。食べて行きなさい」と。

私は「阿桑、私地鶏も大好きですし、新鮮な筍も大好きなのですが、
仕事中なので、ごめんなさい」と答えました(もし「はい」って言
って、今目の前で元気にエサを食べてる地鶏が、次の瞬間、自分の
エサになるのを想像したくなかった)。

「じゃ、今朝、竹林から取ってきたこの筍、美味しいから三本持っ
ていきな」と阿桑。

私は心の中で「阿桑、一本の筍は1キロぐらいあるし、第一調理で
きないからもったいないよ」とつぶやく。

「感恩、感恩{カムウン、カムウン。台湾語で感謝しますという意
味}。でも、まだこれから取材で回らなければならないところがあ
るから、筍は持って行けそうにないし、お気持ちだけありがたくい
ただきます」と私。

「じゃ、地鶏を今急いで絞めて美味しい鶏料理を作って来よう。持
って行きやすいようにするから待ってなさい」ととても親切な阿桑。

なんとか阿桑の好意を丁重に断り、また竹山に遊びに来ることを何
度も約束したうえで、阿桑とバイバイしました。

阿桑は自分の鶏スープを食べてもらえなかったことを、とても残念
そうにしていました。

竹山の明媚な風景をエンジョイしつつ、朝4時半起きてからまだト
イレに行ってないことをふと思い出しました。

この山間、天然トイレはあちらこちらに存在していますが、 私は普
通のトイレじゃないとできないので、また近くでみかけた農家にふ
らっと入り、「ごめんください」と大きな声で何度も呼びました。

しばらくすると、また一人の阿桑(さっきの阿桑とはもちろん別人)
が出てきました。

トイレを貸してもらってから、阿桑としばらく会話。

茶畑の写真を撮りに来ました、と、私がここにいる理由を説明した
ら、阿桑は「こんな田舎になにも撮れるものはないだろう」とでも
言いたげな怪訝な表情を見せつつ、申し訳なさそうに、「わるいね
え。こんなド田舎に、わざわざ遠いところから来たのに、なにも差
し上げられるものがなくて。これは自家用の農園から取ってきた梅
をわたしが一年間つけ込んだ梅干。何時間も外で仕事しなければな
らないというならば、これを一つなめると生津解渇になる{唾液の
分泌を促進して渇きを止める}ので、しょっちゅうトイレに行かな
くて済むから、持っていきな」と、有無を言わせず、ビニール袋を
取り出して、その中に梅干しをいっぱい詰め込んでくれました。

どうして台湾人ってこんなにも人なつこくて、ホスピタリティ精神
が豊かなんでしょう。見ず知らずの人に優しくできるのでしょう
(私が「感情的騙子{愛情の詐欺師}」かもしれないのに)。

台湾人でありながら、台湾人のやさしさに深く感動した今度の取材
でした。

今回の台湾取材では、郭泰源さんを取材した時{6月18日発売の
『Number』731号}も感動で五臓六腑の鳥肌が総立ちでしたが
(五臓六腑って鳥肌があるんだっけ!?)、この田舎の素朴な阿桑た
ちとの出会いもステキな思い出となり、心に深く刻み込まれています。


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