【産経正論】米中に横たわる言い知れぬ不安

【産経正論】米中に横たわる言い知れぬ不安 

産経新聞2018.3.14

杏林大学名誉教授・田久保忠衛

 国際問題に関心を持つ人々の当面の関心は、韓国を意のままに利用してトランプ米大統領に首脳会談を持ちかけた金正恩朝鮮労働党委員長の大型魔術が成功するかどうかに集まっている観がある。同時に、その上に重くのしかかっているのは、相変わらず「米国第一」を唱えてやまないトランプ大統領と、独裁の道を突っ走る習近平国家主席に代表される米中関係の先行きに関する言い知れぬ不安である。

≪「王朝」へスタート切った習主席≫

 トランプ大統領はその不規則言動で世界を揺さぶってきた。が、昨年末から発表された「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」などの報告書では、戦略競争相手国の中露両国と同盟諸国を鮮明に区別し、勢いよく脱退したはずの環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)復帰に向けて、再交渉を検討すると発言した。

 1年間の経験を積んだのち、伝統的な米国の外交・安全保障政策に戻るのかと思っていたら、今度は鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を実施するという。大統領は3月8日に署名してしまった。TPP復帰の意向と整合するのだろうか。貿易収支是正の真の狙いは中国にあるとはいえ、同盟諸国の不満は小さくない。

 ただし、民主主義国にはこのような混乱は起こり得る。言論、集会、結社の自由を規制できる一党独裁国家の中国では国内のトラブルは表面には現れにくい。国際的不安は、習主席が一昨年に「党の核心」の地位を掌握し、自分の名を冠した指導思想を昨年、共産党規約に明記し、先の全国人民代表大会(全人代)では任期制限を持った憲法を改正した-一連の行動によって募る一方だ。「習王朝」はスタートを切った。

≪ソ連に似る「債権帝国主義」≫

 米フォーリンアフェアーズ誌に、東アジア・太平洋担当国務次官補だったカート・キャンベル氏が外交関係評議会の中国問題研究員パトナー氏と共同で「中国の評価-北京はいかに米国の期待を裏切ったか」を書いている。一言で内容を紹介すれば、ニクソン訪中以来の米国による「期待」と中国の「現実」の間には縮めることのできない開きがある、に尽きる。

 結論として両者は、米国がアジア戦略の目標に中国を孤立させるとか弱体化させるとか、改善に向けて変革するなどを掲げるべきではないと説く。重点を置かなければならないのは、自国、同盟国、友好国の影響力と行動力の強化であり、まず、期待がいかに現実と距離があるかを認識すべしという。

 ハドソン研究所中国戦略センター所長のマイケル・ピルズベリー氏は3年前に「チャイナ2049」を出版した。親中派であった彼が100年の単位で世界の覇権をもくろんでいる中国を見誤ったとの反省の書だが、共和党系のピルズベリー氏と民主党系のキャンベル氏の中国観の基調は一致してきたように思われる。

 「中国の評価」の中に、「米政策立案者や学者は、ソ連が米国との軍拡競争に巻き込まれたときの損失について貴重な教訓を中国は学んだと考えた」との記述がある。果たしてそうであろうか。今の中国は冷戦が終わる15年ほど前のソ連に似ている。東シナ海、南シナ海、インド洋に軍事進出し、一帯一路構想でユーラシア大陸全体に経済的影響を拡大しつつある。経済を政治、軍事的影響力に転化するため、過大な負債を負った国の港湾などの自然のアセットを次々手にしていく「債権帝国主義」の全容が明らかになり始めた。

 1970年代にベトナム、ラオス、カンボジア、アンゴラ、モザンビーク、南イエメン、エチオピアなどへの軍事的、経済的進出でソ連は得意の絶頂にあった。その後、米国を中心とした西側全体の軍事力との競争に入ったソ連は、ついに経済が軍事費の負担に耐えきれなくなって崩壊する。

≪安倍首相の果たす役割は大きい≫

 今月、相次いで発表されたところでは、米国の2019会計年度国防予算は要求ベースで前年度比約7%増の6170億ドル(約67兆2530億円)、中国は8・1%増の18兆4000億円だ。8・1%という数字は前年の7%増を僅かに上回っており、米国の増額に対応しようと試みたと考えられるとフィナンシャル・タイムズ紙は指摘している。単純な数字の比較による情勢分析は避けるべきだろうが、世界第1と第2の軍事大国間にこれだけ国防費の開きがありながら、「軍拡」が続けばどのような事態を招くかは自明だろう。

 日中関係の悪化を望む日本人はまずいないと思う。しかし、戦後72年を経た今、可能な礼は尽くしたと信じているわれわれに歴史認識を迫り、尖閣諸島で力を誇示しながら既成事実をつくり上げようとする中国の態度への反感は強まる一方だ。政治・外交面では日米豪印4カ国の連携が改めて脚光を浴び、経済面では「TPP11」が署名された。いずれも安倍晋三首相がトランプ大統領を補う形で一役買っている。それなりの理由があるからだ。(杏林大学名誉教授・田久保忠衛 たくぼただえ)


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