【産経正論】日本は中国の「贖罪の山羊」か

【産経正論】日本は中国の「贖罪の山羊」か

2013.9.27産経新聞

                  防衛大学校教授・村井友秀 

 最近、中国軍の無人機が尖閣諸島周辺に現れるようになった。尖閣をめぐる日中間の対立は新しい段階に入ったのであろうか。

 ≪国内矛盾転嫁に最適な尖閣≫

 そもそも、中国共産党政府が尖閣問題で日本と対立する目的は、国内矛盾の深刻化に伴い高まりつつある国民の不満を外に転嫁するためである。長期にわたる反日教育の結果、9割の国民が嫌っている日本は、その怒りの矛先を転じる「贖罪(しょくざい)の山羊(やぎ)」(スケープゴート)として最適の国である。

 国民がよく知らない国をスケープゴートにしても国民は盛り上がらない。強大な軍事力を持ち、挑発するとすぐ反撃してくる攻撃的な国家も危険過ぎてスケープゴートには適さない。平和憲法を持つ優しい日本は、安心して挑発できる格好のスケープゴートである。基本的に尖閣をめぐる中国の行動は国内問題が動機であって日本の行動に対する反応ではない。

 スケープゴート戦略の目的は、国民の敵愾心(てきがいしん)を煽(あお)り国内矛盾から国民の目を逸(そ)らせることであり、実際に戦争することではない。戦争のコストは予測が難しく、負ければ共産党政権の存続が危機的状況に陥る恐れもある。戦争すると負ける可能性の高い国は、スケープゴートとして不適当である。

 スケープゴート戦略の本質は国内向けの人気取り政策である。したがって、中国政府は、対立のレベルが下がり過ぎて国民が尖閣への関心を失うことがないように、同時に、対立のレベルが上がり過ぎて体制の存続を脅かす大規模戦闘に発展しないように、慎重にコントロールしようとしている。中国では、共産党中央宣伝部や公安省が報道や世論を管理し、反日デモや反日ツイッターを統制している。共産党はネット世論を誘導するため投稿も指示している。

 ≪挑発に強く反撃できるのか≫

 このような枠組みの中で、日本が中国の使いやすいスケープゴートにならない条件とは何か。

 良いスケープゴートの条件は挑発しても反撃しない国である。中国の高校の教科書には、19世紀にロシアの軍事的圧力の下で結ばれた不平等条約により、アムール川の北側とウスリー川の東側合わせて日本の国土の3倍近い100万平方キロ(尖閣諸島は6平方キロ)の固有の領土が奪われたと書かれている。ロシアは国民の敵意の対象として十分な資格を有するものの、強力な軍事大国でありスケープゴートにするには危険過ぎる。

 日本は、挑発には強く反撃してくる国だと相手が認識すれば、スケープゴートに適さなくなり、相手国のスケープゴート候補リストから削除されることになる。

 日本は挑発に反撃できるのか。戦死者が出なければ戦争への拒否感は低くなるであろう。戦場で戦う兵士の数が少なくなれば、失われる人命も少なくなる。戦場の無人化が進めば、戦争の敷居は低くなる。全国民が兵役に就く国民皆兵制度は、全国民が戦争を自分自身の問題として考えるようになる結果、戦争を抑止できる最も効果的な体制だとする研究もある。

 現在、戦場の無人化は、ロボット兵器の導入によって進められている。従来、平和国家が戦争を始めるに当たって、平和に慣れた国民に求められたのは、「殺すことと死ぬことに慣れること」であった。ロボット兵器は殺すことと死ぬことから国民を解放する。ロボット兵器は平和に慣れた国民の戦争嫌悪感や戦争拒否感を大きく減少させるであろう。米国が近年、多用する巡航ミサイルは、有人攻撃機と同等の正確さで目標を攻撃できる無人自爆攻撃機であり、攻撃する側の人命損失ゼロを保証しての武力行使を可能にした。

 ≪戦場の無人化で危険な山羊に≫

 国家の行動は国益とコストのバランスの結果である。国益がコストより大きければ国家は行動し、コストが大きければ国家は行動しない。これまで米国は死活的に重要な国益を守るためには多数の兵士の損失に耐えた。半面、周辺的な国益を守る戦争では少数の兵士の犠牲も避ける傾向があった。戦場の無人化によって戦争における米軍兵士のコストが低下すると、従来は消極的であった周辺的な国益を守る戦争でも米国は躊躇(ちゅうちょ)しない可能性、例えば東アジアの小戦争に参加する可能性も高くなる。

 戦場の無人化は、科学技術に優れた豊かな国家だけが実行可能である。現代世界は、科学技術水準の低い貧しい国や武装集団でも、人命の損失を厭(いと)わなければゲリラ戦やテロによって大国に挑戦できる時代であるといわれてきた。しかし、戦場の無人化は、再び科学技術に優れた大国が戦場を支配する時代をもたらすであろう。

 核兵器と通常兵力の数がまだ戦場を支配している時代は、アジアにおいて中国は圧倒的な力を持っている。他方、核兵器を保有せず、国土も狭小で資源に乏しい日本は軍事大国になる条件に欠けている。しかし、パラダイムが変化する未来の戦場では、科学技術が数を圧倒して戦場を支配する可能性がある。「贖罪の山羊」が危険な山羊になれば、「スケープゴート理論」は成り立たない。(むらい ともひで)


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