【産経正論】台湾人は「自決権」への熱望を示した

【産経正論】台湾人は「自決権」への熱望を示した 台湾の民主主義を日米で祝おう 

産経新聞2016.3.7

         ヴァンダービルト大学名誉教授 ジェームス・E・アワー

蔡英文氏勝利の背景

 1月16日に台湾で実施された総統選挙と立法委員(国会議員に相当)選挙は画期的だった。1945年の日本の敗戦で、台湾統治が終了し、中国本土での国共内戦で中国共産党に敗れた蒋介石が中華民国政府を台北に移したのは49年のことだ。

 その結果、中国国民党政権の総統は戦後、途中の8年間を除いて台湾を統治し続け、立法院(国会)では一貫して多数を占めてきた。

 国民党は共産主義政党ではないが、「台湾海峡の両岸では、中国は一つであり、その解釈は両岸それぞれに委ねる、との合意が92年以来存在する」として、北京(中国共産党政権)と共通の中国観を一定程度、支持してきた。

 台湾の民主進歩党(民進党)は、総統選で50%を超える得票で大勝し、政権の座に就いたのに加え、史上初めて立法院で過半数の議席を獲得した。

 次期総統に選ばれた蔡英文氏は「92年コンセンサス(合意)」の存在を認めていないが、中国共産党政府に軍事行動を起こす口実を与えないため、独立を正式に宣言しないように注意するだろう。

 2016年選挙の主要な意義は、中国の支配や、台湾が1949年以来保持している中国本土からの「事実上の独立」をゆがめかねない国民党政権よりは、規制の少ない民主主義の経済システムと法の支配の下で暮らしたいと考える台湾人が今日、安定的に多数を占め、その数は増えているという点を明白に示したことだ。

 蔡次期総統が発言に気をつけるのと同様に、オバマ米大統領や安倍晋三首相を含む多くの民主国家の指導者たちも、中国を動揺させかねないとの懸念から(台湾をめぐる)自らの考えを明確に述べるのを控えるだろう。

 米国も日本も台湾とは正式な外交関係がないが、いずれの国も台北に大使館に相当する事務所があり、台湾も米国と日本に同様の事務所を置いている。こうしたつながりはできる限り維持・強化されるべきだ。

中国はより困難な時代に

 日米と「中華民国」との正式な外交関係が70年代に途絶えるまでは、台湾海軍は米海軍および海上自衛隊と緊密なつながりがあった。

 中国共産党が台湾を軍事力で獲得するのを防いできた正式な米台同盟は79年に打ち切られたが、代わりに、米台同盟ほど正式ではない、中国が台湾を攻撃したり侵略したりした場合は、米国に引き続き潜在的に軍事介入を義務づける、片務的な台湾関係法が制定された。

 中国共産党は67年前に政権に就いて以来、必要となれば武力を行使してでも台湾を併合することを優先事項に位置づけてきた。50年代以降、米国の民主党と共和党の歴代大統領は、共産中国が武力で台湾を奪取するのを阻止するために第7艦隊を使うことを表明しているが、日米両国政府は中国と台湾が緊張を平和的に解決するよう求めてきた。

 目を見張るような成長の20年を経て、中国はより困難な時代に入っているとみられる。21世紀に中央集権的な一つの経済政策で約14億人を統治するのはますます不可能になっていくことが分かるかもしれない。

 また、教育を受けた中国の「ミレニアル世代」と呼ばれる若者などは自分たちの頭で考え始め、他の世界がどのような仕組みで動いているのか知ろうとしている。

 もし中国が経済的に生き延びるのであれば、中国共産党にとって政治的に困難な道ではあるが、自国の国境の内側で地域経済体の発展を容認しなくてはならないかもしれない。

人々が示した自決権への熱望

 蔡英文氏は留学経験があり、米国とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学んだ。国民党は台湾で二度と勢力を回復することがないかもしれない。

 もし、総統になった蔡英文氏がより一層「台湾らしい」政府を巧みに率いるほどの十分な手腕の持ち主であるなら、台湾は中国やその他のアジアの経済体と提携して、太平洋における地域経済共同体の指導的な構成員となることができるだろう。

 日本と米国は、台湾の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加盟と、東南アジアと中国の経済地域に参入できるような経済的支援活動を含め、台湾を歓迎し協力関係を促進すべきだ。

 要約すれば、台湾の人々は過去約20年間、自らの指導者を民主的に選出することができることを示してきた。そして、2016年の選挙は、自決権を行使したいとする彼らの熱望を最も印象的に明示したといえる。

 私は、民主主義の実践は日本と同様、台湾でいまなお健在なアジア的価値観であるということを今回、見事に実証した台湾を、日本と米国が一緒になって祝うことを切に願う。

(ヴァンダービルト大学名誉教授・ジェームス・E・アワー)

※ジェームス・E・アワー氏は今年度の第31回正論大賞を受賞しました。