【櫻井よしこ・美しき勁き国へ】日本を立て直す使命

【櫻井よしこ・美しき勁き国へ】日本を立て直す使命

2015.5.4 産経新聞

               櫻井よしこ

 安倍晋三首相の訪米は大きな成功だった。日米ガイドラインの見直しによって、首相の持論である戦後体制からの脱却に一歩近づいた。そこに、祖父、岸信介以来の信念を見る気がする。

 国家の基盤である軍事の分野に存在した日本の大きな空白が埋められたことにより、日米同盟は新しい次元に入ったと言ってよいだろう。それは、まだ不十分ながら日本が国家として、信ずる処(ところ)に従ってより幅広い活動ができるようになるということでもある。日米は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)でも合意形成に向けて決意を確認し合った。

 こうして「かつての敵対国が不動の同盟国」になったと謳(うた)い上げた日米両国を最も苦々しく見つめているのが日米会談の陰の主役、中国ではないか。ガイドラインの見直しと経済を超えて民主主義や法の遵守を基盤とする透明性の高い世界の構築を目指すTPPの早期合意に向けての日米の決意が意味するものは、幾十年もの間受け入れられてきた政治上、あるいは安全保障上の価値観を覆すような決定的変革がもたらされようとするとき、責任ある国家はこれに対して無関心の態度を取ってはならない、無関心でいれば結局、日本も米国もその対価を払わされる、打倒され従属を強いられる国々の利益は日本の利益であり、米国の利益であるということを、日米両首脳が強く認識しているということだ。

 とりわけこの思いを強くしているのが安倍首相ではないか。1年前、シンガポールでのアジア安全保障会議の基調講演で、首相は「法の支配」を12回繰り返し、積極的平和主義の実践に必要な集団的自衛権行使などの整備を進めると、世界に発信した。

 昨年7月には豪州国会の両院総会で、太平洋からインド洋の広大な海の自由と平和のための積極的平和主義について語り、同国と「特別な関係」を築いた。

 今年4月、インドネシアのバンドン会議で首相は「侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない」「国際紛争は平和的手段によって解決する」とバンドン会議設立時の原則を紹介、「日本は先の大戦の深い反省とともに、いかなる時でもこの原則を守り抜く国であろうと誓った」と語って拍手を浴びた。

 だが、並居るアジアの指導者たちは60年前のバンドン会議でのアジア諸国の訴えは、いま、そっくりそのまま中国に向けられていると感じたのではないか。

 その声に無関心であれば、日米共に必ず逆襲される。だからこそ、海洋の自由、法の支配、積極的平和主義を説き続けることが以前にもまして重要で、それ故に日米ガイドラインの見直しにアジア諸国の期待も集まるのだ。

 現在、東シナ海の尖閣諸島海域には日常的に中国海警局の公船が侵入し、新型の大型巡視船で、既存の警備船や巡視船の概念には到底当てはまらない強力な装備を持つ「海警2901」も間もなく東シナ海に配備される。

 南シナ海では4月28日、ASEAN首脳会議が議長声明に、中国による埋め立てへの懸念を初めて盛りこんだ。それでも中国は耳を傾けず、7つの岩礁で埋め立て工事を続行中だ。オバマ米大統領が打つ手を見いだし得ないその間に、中国は微笑と経済力、金融力を組み合わせた柔軟路線で諸国を取り込み始めた。アジアインフラ投資銀行(AIIB)には57カ国が参加し、中国は米英間に楔(くさび)を打ち込んだ。

 こんな時、冷静な目で中国を見つめ、言葉よりその行動を見るのが大切だ。南モンゴル出身の大野旭・静岡大学教授は中国の弾圧を受けて育った。氏は、中国の甘言の背後の行動を見なければならないと強調する。行動を見れば、甘言に反して、中国が変わらないことがわかる、と。AIIBへの寛大な誘いの背後で、中国がいまも、南シナ海の埋め立てを続けているのを忘れてはならないということだ。

 世界第1位と第3位の経済大国が加盟しないAIIBにその他の多くの国が加盟したからといって、世界経済の何が変わるのか。日米両国にとって重要なのは、急増する開発途上国の資金需要に応えきれなかった自陣営の金融機関の問題を分析し改善を急ぐことだ。

 中国の軍事力と経済力で確かに世界の勢力図が地殻変動を起こしている。その中で、日本の役割は、中国とは異なるまともな価値観の旗を掲げ続けることだ。その日本こそ、米国にとって最も信頼できるパートナーであると自負してよいのである。「強い日本は米国の国益となり、強い日米同盟は地域と世界の利益である」という首相の言葉は正しいのである。

 国会に法案も出していない段階で、安保法制を「この夏までに成就させる」と首相が米国で公約したことへの反発が少なからぬメディアで見られる。

 自民党は切れ目のない安全保障法制の速やかな整備を公約として掲げ、2014年の選挙で圧勝した。国防費で中国が米国を抜くのも遠い将来ではない。ガイドラインの見直しも6月中とされる安保法制の整備も、いま行わずして、いつ行うのか、憲法改正はどうしたのか、と問わなければならない。

 国際社会の動き、とりわけ中国の脅威の加速増大ぶりに目を閉じ、手続き論にこだわるのは役人に任せればよい。激しく動く世界情勢の下で生き残れるように、日本をあるべき姿に立て直す使命こそ政治家のものだ。首相にその使命を果たす意思と能力を期待するのは私だけではあるまい。


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