【寄稿】日本精神V.S.中国式ユーモア

【寄稿】日本精神V.S.中国式ユーモア

              日本台湾医師連合理事 王 紹英

中国人も結構ユーモアセンスの持ち主だなと何時も感心する。そのユーモアセンスの源になっているのは、中国人が誇る五千年の悠久な歴史と広大な大陸的風土で培ってきた図々しさ、傲慢さ、破廉恥さ、狡さである。世界に悠久な歴史と広大な領土を持っていた国は多くあるだが、中国式ユーモアを持っているのはさすが中国のみ。

今回の中国艦が海上自衛隊護衛艦に火器管制レーダーを照射し、威嚇したことを「日本の捏造だ」の声明はまさにそうだった。マジックのような言葉使いではないか。これを破廉恥だ、嘘つきだ、と一々怒り心頭になったら本当に心臓に悪いに違いない。中国をもっと理解していたら、予測できたはず。日本人は本当に中国について不勉強だとつくづく思う。

中国式ユーモアを百回、千回、万回唱えれば、「歴史の真実」に変身できる。このようなマジック効能は、中国人は良く知っている。今回も「火器管制レーダーの照射は日本の捏造だ。中国は無実だ。」を世界に大々的宣伝すれば、南京事件と慰安婦のように「歴史の真実」になれるはず。また、南京事件と慰安婦は日本の犯罪だと指弾したと同様にわが国にも多くのファンが得られることであろう。 

中国人の創作力と宣伝力を検証すると、日本人はとっても彼らの足元に及ばない。誠意を持って対応する、事実で争う、何時か歴史が真実を証明する、このような日本人の馬鹿正直は中国式ユーモアに太刀打ちできない悲しい事実に嘆きたくなる。

中国人自分が行った南京虐殺(註)を否定したり、日本軍に濡れ衣をきせたりするのが中国流のユーモアである。天安門の虐殺を千回万回否定すれば、流れた血は歴史から消える。現に、日本在住のある名高いオストラリア人学者が天安門広場にデモはあったものの誰も死んでいないとジャパンタイムスに発表した。中国流のユーモアの効能はてきめんだと驚嘆したくなる。チベット人とウイグル人の民族抹殺を一切認めず、中国には落ち度一切なしと反復宣伝していれば、必ず「その通りだ。真実だ」と同調する学者が出てくる。
(註:1977年、台中にある第二軍団司令部の高級将校から酒の席で自分が聞いた法螺話かのような話。南京虐殺は国民党軍の督軍部隊、逃亡する自軍兵士を射殺する専門部隊、がやった。とにかく国民党軍の戦闘は無能だが、虐殺は長けていた。ちなみに、1947年台湾に起こった大虐殺228事件を抹消しようと中華民国総統馬英九は情熱を燃えているのも中国人だからできる芸当。) 

中国式ユーモアにどう対応すれば、考えれば考えるほど頭が痛くなる。しかし、もしかしたら明治人のように日本精神を持って臨めばよいではないか、と頭に一瞬横切った。

日本精神、絶滅寸前であろうか、サムライスピリットです、でした。それは、世界が日本を一目置く、台湾人が最高な人間の徳として崇めたものだった。明治人は中国に媚びたでしょうか、土下座したでしょうか、中国の逆鱗を触れるのを恐れたでしょうか、中国の一言で「自粛」したでしょうか。中国人をやすやすと天皇陛下に謁見させたでしょうか。絶対に思うもしなかった。

良く考えれば、日本精神はちょうど中国式ユーモアの正反対のものだった。日本精神、恋しい。

参考 「中国ガン・台湾人医師の処方箋」

http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%82%AC%E3%83%B3-%E6%9E%97-%E5%BB%BA%E8%89%AF/dp/4890633006/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1356076869&sr=8-2


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