【寄稿】台湾を裏切つてもアメリカを救えない

【寄稿】台湾を裏切つてもアメリカを救えない

ニユーヨーク州立大学名誉教授
楊慶安
2011年11月

   中国の米国への巨額貸付取り消しと交換にアメリカの台湾防衛約束を放棄せよとの国際道徳に反する提言を、最近ポール・ケン前ハーバード大学国際安全問題研究員がニユーヨークタイムズに発表し、内外の外交筋を震撼させた。今年初春ジョージ・ワシントン大学のグラサー教授が、台湾問題が容易に核戦争に拡大するのに鑑がみ、米国は米中戦争を回避する為に、台湾防衛の約束の破棄を考慮すべきとの説を外交権威雑誌フォーリンアフエイアーズで発表し、ケンの提案は台湾をターゲットした衝撃的第二弾である。

   ケン提案は理不尽極まる。まず”今日の闘争は企業の貸借対照表間の競争で、地政的闘争にあらず”との前提は間違い。オバマアメリカ大統領は最近のハワイでのAPEC首脳会議で、中国が推進する米国を除外したASEAN+3貿易体制に対抗する自由貿易のTPP(汎太平洋パートナーシツプ)を推し、直後インドネシアで開催された東アジア首脳会議でも中国の南シナ海での主権主張を牽制し、且つ”東アジア自由貿易圏”構想を共同宣言に挿入した  ー 明確なアジア太平洋地域における経済・地政的闘争である。

   ”今アメリカは台湾への戦略的関心が少ない”との前提も間違っている。ケンの主張が正しければ、アメリカの大災難、中国の大きな国益になる。十年前から中国国家研究所所長は台湾の戦略的重要性を強調した。台湾がなければ敵は中国を第一列島線内〔日本、台湾、フイリッピン、ボルネオ)に封鎖し、中国を攻撃し、太平洋への脱出を妨げると主張。台湾の支配は中国の封鎖突破、第二列島線〔日本の北方領土から、南のマリアナ諸島、ニユーギアナ迄〕への拡大、成長している中国人民解放軍の海洋海軍の作戦範囲と能力を太平洋中間まで展開させると主張した。

   台湾の戦略的重要性に盲目のケンは日本、フイリツピン、ベットナムに聞くべきである。日本は最近防衛戦略を北方・基盤戦略を対中国脅威の南方・機動的戦略に転換し台湾に隣接する那国与島の強化に乗り出した。

   ケンの桁外れの間違いは言うまでもなく、中国の巨額米国貸付取り消しとアメリカの台湾防衛協定放棄交換の提言である。彼の提議は五つの点で間違っている。
 
 1.台湾の共産中国への売り出しは台湾に対する裏切りだけではなく、米国魂の喪失になる。香港生まれで国民党の馬英九台湾総統は経済的統合から将来の中国との統一を目指していると見られているが、2300万人口の80%を越す台湾人は、中国との平和共存を望むが、独裁共産中国から分離した自由、民主的台湾の維持を熱望している。

  2.中国が台湾と交換に米国への$2兆ドルの巨額債権(ケンの言う$1.14
兆ドルではなく)を放棄すると思うのは虫が良すぎる。北京はいずれ台湾を統一することができると確信している  − 孫子の兵法で、戦わずに敵を屈服させる − 贈賄、経済的利得, 虚空名誉、心理的・政治的操縦、台湾人の分割、米国の対台湾防衛約束削弱  − で。 万が一の台湾の独立宣言に備えて1300発余の短距離弾道ミサイルを台湾に標的を向けているが。商売きわめて上手の中国人が$2兆ドルの大金を放棄すると思うのは誠に非現実的である。
 
 3.台湾に対する裏切りは米国の中国への負債を解決できない。そもそもアメリカの負債は、1980年代後半からの製造業の中国への移転、それに継いた金融等のサービス業のアウトソーシング(海外調達)、中国に巨利稼ぎ、$3兆ドルの世界一の外貨保持国、世界経済エンジンに発展させたのが原因である。中国が輸出拡大、国内安定の為の人民幣の為替安を操縦している重商主義国家であるのも対中負債の要因である。連邦政府の巨額財政・金融赤字と政治麻痺も原因で根本的解決は財政、金融と産業政策の改革が必要である
  4.台湾売り出しは”北京のイランや北朝鮮への政治的、経済的支持を終わらせる圧力になる”とゆうケンの主張も虫が良すぎる。北京のこれらの国への支持はその経済的、戦略的評価に基ずいた行為で、台湾に対するクレイムと全く無関係である。イランの核開発に対する軍事的攻撃反対は中国のイラン石油の需要が主要要因で、北朝鮮の韓国に対する軍事的挑発と核兵器開発に対する処罰反対は、北朝鮮の中国の緩衝国である事と、北朝鮮崩壊後の数百万人の難民の中国への逃入への危惧が原因である。
 
 5.台湾に対する裏切りは、アジア諸国のアメリカの国力と信用に対する信頼を失はせ、中国台頭列車への登乗を加速させる。

   グラサー教授とポール・ケンの台湾裏切りは、中国の外交・経済・軍事的台頭と米国の相対的衰退の反映である。ロス・レチネン米国衆議院国際関係委員会委員長等の台湾への強力支持があるが、台湾裏切り風潮の増長は不断の注視と抑止が肝要である。一時中国に対する低姿勢と関与政策強調で米中G−2秩序建設推進を疑われたオバマ大統領が、最近のハワイでのAPEC首脳会議で、中国主導の米国を排除したASEAN+3の貿易体制に反対し、自由貿易のTPPを推進し、東アジア首脳会議でも領有権をめぐる南シナ海紛争について”国際法に従って解決を図るべき”と中国を牽制し、又東アジア自由貿易圏構想を宣言に挿入・発表したのは極めて幸いであった。単なる来年の大統領再選挙に向けた政治的言動でないことを望む。

   以上、ポール・ケンの理不尽の提案は、台湾への裏切りだけではなく、米国の中国への降伏であり、オバマ大統領はこれを断固拒絶すべきである。