【変わらぬ日台「友好の絆」】熊本地震に台湾から届く励ましの声

【変わらぬ日台「友好の絆」】熊本地震に台湾から届く励ましの声

日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載

 熊本大地震への台湾などからの支援表明に対し、菅義偉・官房長官は昨夜(4月17日)の臨時記
者会見において「外交政府などから多数お見舞いをいただいて、政府としては心から感謝を申し上
げたい」と表明した。

 昨日の本誌でお伝えしたように、台湾政府も野党の民進党も支援を表明し、柯文哲・台北市長、
林佳龍・台中市長、頼清徳・台南市長、陳菊・高雄市長の4市長は、給与の1カ月分の寄付を表
明、台南市と高雄市では義援金を募る窓口を開設した。台北市内の店舗でも、募金箱を設置して義
捐金の寄付を呼び掛け始めたと伝えられている。

 さらに、朱立倫氏が市長をつとめる新北市でも、消防局が救援隊を結成していつでも要請に応え
られる態勢を整えたという。

 昨日の「まぐまぐニュース」は、東日本大震災当時に発表された伊勢雅臣氏の「国際派日本人養
成講座No.720『大震災で深まった日台の絆』」(2011年10月23日)を掲載し、今回の熊本大地震で
も日本と台湾の絆が変わらないことを改めて伝えている。

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【熊本地震】台湾から届く励ましの声。変わらぬ日台「友好の絆」
【まぐまぐニュース:2016年4月17日】

 熊本地方を震源とし大きな被害をもたらした「平成28年熊本地震」。この地震の情報は台湾にも
すぐに伝わり、蔡英文次期総統からも「地震の被害が最小限に抑えられ、日本の友人たちが安全で
ありますように」とのメッセージが届けられました。東日本大震災の際にもどの国よりも早く駆け
つけてくれた台湾。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』では、互いに感
謝の気持ちを忘れない「日台の絆」が描かれています。

◆ネットユーザーたちの台湾への感謝広告

 2011年4月11日、東日本大震災から1ヶ月経ったこの日、日本政府は国際英字紙インターナショ
ナル・ヘラルド・トリビューンと米英仏中韓露の1紙ずつの計7紙に支援感謝の広告を掲載した。

 この中には、ダントツの義援金を寄せてくれた台湾が入っていなかった。4月11日までに台湾か
ら寄せられた義援金は137億5,000万円に達している。ちなみに感謝広告を出した中国からの義捐金
は3月末時点で3億4,000万円と、台湾の2.5パーセントでしかなかった。

 金額の多さだけではない。台湾からは震災後、直ちに2つの救援隊が来てくれた。1つは李登輝元
総統が派遣したNGOのレスキュー隊「捜救隊」で、震災2日後の13日、医師2人を含む35人が日本に
到着し、岩手県大船渡市で捜索活動を開始している。

 翌14日には台湾政府の派遣した28人からなる救援隊が到着し、宮城県名取市や岩沼市で救援活動
を行った。支援物資も560トンもの膨大な量に上った。

 日本李登輝友の会が、台湾にも感謝広告を出すべきだとの菅首相あての要望書を出したところ、
政府は「近隣諸国への影響を考慮して決定した」と釈明した。人道支援のお礼をするのにも、中国
の目を気にしなければならないのか。

 しかし国民の方はもっと良識があった。「台湾にもお礼がしたい」とあるフリーデザイナーがツ
イッターでつぶやいたところ、感謝広告を出すための募金が約1,930万円も集まった。

 そのお金で台湾2紙への広告が出されたが、その費用はわずか240万円。残りは日本赤十字社に寄
付された。この広告を見た台湾行政院(内閣)の楊永明・新聞局長は「お礼を期待していたわけで
はないが、みんな感激している」とコメントした。

 日本政府が税金を使ってお役所仕事で出した広告よりも、民間有志の募金による心の籠もった感
謝広告の方が、はるかに深く日本国民の気持ちを台湾国民に伝えただろう。

◆「この捜救隊は日本に何かあった時、一番に駆けつけますから」

 「捜救隊」の創設と日本派遣の経緯を、李登輝元総統はこう語っている。

<1999年、私が総統時代に台湾大地震が起きました。日本はその日のうちに世界に先駆けて救援隊
を差し向けてくれましたし、義援金も世界の中でトップでした。

 台湾には「風雨故人来、艱難見真情(困難な時にこそ人の情けを知る)」という言葉がある。私
たちはあの時の日本の恩義を忘れません。

 台湾大地震の時、曽野綾子さんが会長を務めていた日本財団から3億円の義捐金をいただき、そ
のうちの1億円近くを使ってNGOの捜救総隊をつくりました。創設のお披露目に来ていただいた曽野
さんに、私は約束しました。

 「この捜救隊は日本に何かあった時、一番に駆けつけますから」と。>

◆日本政府が取った許しがたい仕打ちとは

 ところが、この約束は意外な抵抗に遭う。

<すぐに台湾における日本の大使館である交流協会台北事務所の総務部長に人を通じて連絡をとり
ました。ところが、向こうからは「日本での受け入れ態勢が整っていない」という返事。それから
しばらく返事がなかった。

 自然災害は72時間(3日間)経つと生存確率は急速に下がると言われています。しかも、翌12日
には米軍と韓国の救助隊が到着し、中国も救援隊の派遣を表明していました。なぜ台湾に要請がな
いのか。台湾は中国の一部と捉えているからでしょうか。

 そんな苛立たしさもありましたが、これはNGO組織で政府組織ではないので日本のNPOと連携を
とって、13日の朝、宮城県に向けて出発しました。

 交流協会から「要請はもっと先になる」という返事があった頃には、既に成田空港に到着してい
ました。少しは約束を果たせたでしょうか。>

 感謝広告で台湾をはずしたのと同様の、台湾を日陰に置こうという政治的策謀である。中国に媚
びるために、台湾国民の善意を踏みにじり、なおかつ台湾救援隊の到着を遅らせることによって、
それだけ多くの人命が失われた、と考えれば、心ある人間の所業とは思えない。

◆台湾留学生は除外された緊急援助

 菅政権による台湾への差別行為は、これだけではない。文科省は被災した私費留学生を支援する
ため、日本政府から奨学金を受ける国費留学と同様に、平成23年3月の1ヶ月分だけ、緊急援助とし
て学部生向け12万5,000円などの支給を行うこととした。

 ところが国費留学生度は「日本と国交のある国の国籍を有する者」が対象であり、今回の特別支
給も台湾からの留学生は対象外とされた。これを立命館大教授・加地伸行教授が産経新聞の1面で
痛罵した。

<かつて私は台湾に留学した。ちょうど日本が中国大陸と新しく国交を結んだ昭和47(1972)年9
月、すなわち同時に台湾と断交した月の翌10月、台湾に渡った。

 名古屋大学助教授という国家公務員の身分を前提にして、日本と国交のなくなった台湾が、私を
受け入れてくださったわけである。

 渡台後の生活において、公私ともになんの差別も受けなかった。のみならず、台湾の学者と私と
の間の合言葉は、「国家に国境あるも、学問に国境なし」であった。

 ところがなんと、台湾からの学部留学生は除外したのである。理由は台湾と国交がないためとの
こと。

 なにを言う。緊急事態なればこその処置において、差別するのか。例えば、被災者に食事を提供
するとき、国交がないという理由で台湾の私費留学生を除外するのか。

 その一方、民間からの義援金なのでと170億円はチャッカリいただきますと言うのか。

 こうした世論の圧力を受けたためか、日本の対台湾交流機関窓口、財団法人交流協会台北事務所
が台湾からの留学生に同額を支給することとした。文科省からの正規支給でない所に、姑息さを感
ずるが。>

◆「わたし達は皆様の心を暖めます」

 しかし、こんな政府の心ない所業をものともせず、日台の心のつながりを深める佳話が、大震災
では少なからず見られた。たとえば、台中市の新民高校日本語学科の学生が呼びかけて作られた寄
せ書きの一部。

<ニュースを見ると、心が痛みます。涙がこぼれます。同時にあなた方を尊敬してしまいます。こ
のような天災に会いながらも、規律正しく、天を恨まず、しなくてはいけないことを整然と行って
いるのをみると、わたし達も見習わなくてはという気持ちが沸き起こってくるのです。>

<心が痛くて、悲しくて涙がとまりません。わたし達は皆様の心を暖めますから、寒い中、決して
あきらめずにがんばってください。>

 こんな純真な言葉そのものが、被災者のみならず、我々日本国民の心を温める。

 この寄せ書きとともに、新民高校の赤十字社青少年奉仕グループは、学内募金で集めた50万元
(150万円)、学校理事会の寄付金100万元(300万円)を赤十字社台中支部に届けた。

 学内の募金では、多くの生徒が100元(300円)を寄せてくれて、募金集めの生徒は「ありがと
う」と間断なく言い続けたという。100元といえば、彼らにとって1時間のアルバイト料であり、弁
当が2つも買える値段である。

 170億円超という巨額の義捐金の多くは、こうして多くの人から集められた小口の募金だとい
う。

◆「恩義を忘れない」

 子供たちもお小遣いから、義捐金を出している。台中市中心部から東に約10キロの小高い山々の
ふもとに位置する健民国民小学校は、台湾大地震で3階建ての校舎が全壊した。幸い地震発生が未
明だったため、児童らに怪我はなかったが、近くの空き地の仮校舎などでの授業を強いられてい
た。

 平成7(1995)年の阪神大震災を経験した兵庫県などから約2億8,000万円の募金が送られ、4階建
ての校舎が2003年10月に完成した。校庭には「感恩亭」と名付けられたあずま屋も作られた。

 東日本大震災が発生した直後、謝進立校長(55)は「日本の友人が重大な災害に遭っている。私
たちは積極的に行動すべきだ」と児童や保護者に支援を呼びかけた。

 約280人の子供たちは自分の小遣いを持ち寄り、先生に預けた。教諭や保護者、地域の人からも
義援金が集まり、計約190万円が日本赤十字社に送られた。謝校長は「恩義を忘れない、という心
の教育でもあるのです」と話す。

 6年の謝金玲さん(11)は「東日本大震災では津波もあったから、台湾の地震よりもっとひど
かったと思う。でも、被災した人の態度がすごく冷静で印象に残った」。6年の何(か)佳凌さん
(12)も「とにかくもとの生活に早く戻ってほしいという思いで献金しました」と話す。

 「恩義を忘れない」人々は日本の政治家の中にもいた。台湾の「中華民国建国100周年」祝賀式
典に出席した自民党議員団は、10月9日、建民国民小学校を訪れ。団長の麻生太郎元首相はこう謝
意を伝えた。

 「今回、(東日本大震災が発生し)全校の皆さんがお小遣いの中から義援金を寄付し、日本を支
援していただいたことは、日本のメディアでも報道され、日本人はみな深く感動した。

 台湾と日本は最も良き親友であり、台日関係には心と心のつながりがあり、友誼はきわめて深
い。日本人はこの恩を永遠に忘れるものではない。」

 健民国民小学校の謝進立校長の「恩義を忘れない」という言葉と、麻生元総理の「日本人はこの
恩を永遠に忘れるものではない」という言葉は共鳴しあっている。

◆ついに日本の外交筋から出た「頼もしい言葉」とは

 「台湾を身近に感じている」日本人が大幅増

 台湾国民のこうした真情は、ネットやマスコミを通じて、日本国民の心に届いていった。東京港
区にある台北駐日経済文化代表処には、感謝のメールや電話が絶えないという。

 また台北駐日経済文化代表処が5月に行った、日本国民の台湾へのイメージ調査では、約67%が
「台湾を身近に感じている」と答え、2年前の調査に比べ約11ポイントも増えていたことが分かっ
た。

 日台関係について、「どちらかといえば良い」(約72%)と「非常に良い」(約19%)を合わせ
て9割以上を占め、平成21(2009)年の調査に比べ約15ポイント増えた。

 さらに台湾への信頼度も、「多少は信頼」(64%)「非常に信頼」(20%)と、合計で約20ポイ
ントも上昇した。

 「身近に感じている」「信頼している」というのは、麻生元総理の言う「心と心のつながり」で
ある。

 東日本大震災で心の籠もった支援をしてくれた台湾に対して、日本国民は李登輝元総統の言う
「困難な時にこそ人の情けを知る」ことができたのである。

◆「『忍ぶ恋』の時代は終わった」

 「『忍ぶ恋』の時代は終わった。もう堂々と恋文を出せる関係だ」

 こう挨拶して、会場を湧かせたのは「日台民間投資取り決め」締結を祝して2011年9月23日に開
かれたレセプションでの台湾側の交渉窓口・彭栄次氏だった。

 「内国民待遇」「最恵国待遇」などを柱とする投資取り決めの締結で、これで日台の相互投資
や、日台企業の連携が促進される。貿易額では台湾は日本にとって第4、日本は台湾にとって第2の
貿易相手だが、今後はさらに発展していくだろう。

 形としては民間の取り決めだが、「実質的な2国間投資協定」(政府筋)である。麻生政権時代
に検討が始まり、民主党政権でも前原誠司・前外相が熱心だった。その下で外交当局は地道に努力
を続けていた。

 日本の外交筋は「今回の取り決めに対し中国は反発するだろうが覚悟している。中国に事前通告
する考えはない」と語った。我が国の外交筋から、こんな頼もしい言葉を聞くのは久しぶりだ。

 彭栄次氏は「東日本大震災に台湾が寄せた巨額の義援金の前では、2人の間柄に誰も文句がつけ
られなくなった」という。大震災で深まった日台両国民の心の絆が、政治を動かしたと言えよう。

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2>> 熊本地震の被災地へ「台湾からの愛」が止まらない

【感動】熊本地震の被災地へ「台湾からの愛」が止まらない / 高雄市長が自腹で給料1か月分寄
付! 高雄市も1000万円を寄付! さらに高雄市民も寄付!
【バズプラスニュース:2016年4月18日】

http://buzz-plus.com/article/2016/04/18/taiwan-kumamoto-jishin/

 2016年4月14日21時26分に発生した熊本地震は、最大震度7という過去最大クラスの揺れを観測し
た。東日本大震災のように津波被害が出ていないのが不幸中の幸いと言えるかもしれないが、いま
だに強い地震が続いており、予断を許さない状況なのは変わりない。

・被災地に対して1000万円もの高額寄付

 季節が春になったとはいえ、寒い日々が続いている。そんななか、自宅に帰れず、避難場所で生
活している多くの人たちがいることを考えると、心が痛くなるものだ。そんな緊迫した状況下で、
台湾から心が温まるニュースが入ってきた。熊本県と国際交流促進覚書を締結している台湾の高雄
市が、被災地に対して1000万円もの高額寄付を決定したのである。

・あくまで市長の個人的な寄付

 さらに、高雄市の陳菊市長が自腹で給料1か月分の寄付も決定。あくまで市長の個人的な寄付と
して、19万台湾ドル(638000円)を寄付することが判明したのだ。それだけではない。高雄市は市民
に対して広く「熊本地震募金」を求め、寄付金を集めているのである。よって、募金額は数千万円
になる可能性がある。

・「台湾からの愛」が止まらない

 台湾は、東日本大震災の際も莫大な寄付金を日本に対して贈ってくれた。そして今回の熊本地震
においても「台湾からの愛」が止まらない。被災地で不自由な生活を強いられている被災者たち
が、少しでも早く日常生活に戻れることを願うばかりだ。

・地震に便乗した不穏な動き

 ちなみに、被災地では「悪質なデマ」が流れていたり、「政治資金集めと熊本地震募金をからめ
た騒動」が発生するなど不穏な動きがあるようなので、そのあたり、注意しておきたいところ。