【傳田晴久の台湾通信】台湾の総統・立法委員選挙

【傳田晴久の台湾通信】台湾の総統・立法委員選挙 

           傳田 晴久

◆はじめに

 台湾は今、選挙直前である。日本でもいろいろ報道されているとのことであるが、台湾の様子を
知らせろ、とのリクェストがあったので、私にわかる範囲でお伝えしたい。

◆総統選挙

 台湾では昨年11月末に、国民党惨敗に終わった「九合一選挙」と呼ばれた統一地方選挙が行われ
た。これから行われる選挙は「大選」、すなわち国政選挙で、総統と立法委員の選挙が来年1月16
日(土)に投票、即日開票される。

 総統は日本語の大統領に相当し、被選挙権は40歳以上の中華民国国民に与えられており、正副両
候補がペアで立候補する。

 今回の選挙は現職の馬英九総統の任期(4年×2期)切れによって行われるが、11月27日に立候補
締め切りがあり、中国国民党から朱立倫、王如玄のペア、民主進歩党から蔡英文、陳建仁のペア、親民党
から宋楚瑜、徐欣瑩のペアが名乗りを上げた。いずれも男女のペアであり、話題となっている。

◆立法委員選挙

 立法委員は日本の国会議員に相当し(台湾は一院制)、被選挙権は満23歳(選挙権は20歳)であ
る。2008年より小選挙区比例代表並立制が導入され、任期は4年、議員数は113名である。内訳は小
選挙区選出が73名、原住民枠が6名、比例代表・海外代表選出が34名である。

 今回の選挙の立候補者は選挙区の73名に対して356名、原住民枠の6名に対して23名が立候補して
いる。比例代表及び海外代表選出の34名に対しては18の政党がリストを提出している。台湾の政党
数は驚くなかれ、230以上ある(2013年)という。

 なお、比例代表で議席配分を受けるには有効投票の5%以上の得票が必要で、かなり高いハード
ルとなっている。台湾の有権者数は約1800万人であるから、5%の得票とは90万票である。

 選挙の焦点として、政権交代の可能性、政治の流れの影響、中国に対する台湾人の民意の表れに
ついて述べてみたい。

◆選挙の焦点(政権交代なるか?)

 馬英九総統の支持率は一時9%台に低下し、その名前にひっかけて「9%総統」と冷やかされたこ
ともあり、現政権の評判は極めて悪い。象徴的数字の一つが、「空手形633が142に化けた」であろ
う。

 これは今月7日の新聞(自由時報)に載った「2016総統大選青年対談」を伝える記事の見出し
で、民進党からの副総統候補陳建仁氏の発言である。前々回の総統選挙の際、馬英九候補は経済成
長率6%、失業率3%以下、国民所得3万米ドルをコミットし、「633」と称したが、7年間の執政の
結果は、経済成長率1%、失業率は4%に近く、国民所得は2万米ドル、すなわちコミットメント
「633」は空手形になり、「142」になったということである。

 安全保障、政治も重要であるが、国民の最大の関心は何と言っても経済である。それも口当たり
の良い政策よりも実行力である。公約を実現できなかった政権を果たして交代させることができる
かどうか、最大の焦点であろう。

 台湾の政権交代は総統のすげ替えだけでなく、立法院の勢力を変えなければならない。現在の勢
力は図のように113の議席のうち、与党、いわゆるブルー陣営(国民党と親民党)が68議席、野党
であるグリーン陣営(民進党と台湾団結連盟)が43議席、その他政党が2議席占めている。

 陳水扁が総統を2期務めた2000〜2008年、民進党は第一党ではあったものの、少数与党の悲し
さ、多くの法案が通らず、大変な苦労を強いられたと言います。

◆政治の流れはどうなるのか

 昨年3月の大学生による「ひまわり學運」の騒動はサービス貿易協定批准の審議が発端である
が、政府の強引なやり方に反対する大学生に一般市民が同調し、多くの国民が政治に関心を持つよ
うになった。その流れはその年の11月に行われた統一地方選挙(九合一選挙)に国民党惨敗という
結果をもたらした。今年の2月に行われた立法委員の5議席をめぐる補欠選挙では、国民党が辛くも
現状(2議席)を維持するという結果になった。

 今年の9月の新学期から使用される歴史教科書をめぐって、高校生による改訂反対運動がおこ
り、これまた国民党政権に対して打撃を与えることになった。

 そして、11月7日にシンガポールでいわゆる「馬習会」(馬英九・習近平会談)が開催された。
新聞やテレビの映像を見ていると馬英九総統が一人はしゃいでいるように見え、おかしかった。多
くの評価、コメントが発表されているが、劣勢を伝えられる国民党へのテコ入れにはならず、台湾
の人々は冷ややかに見ているようである。

 国民党が7月に正式に決めた総統選挙候補者の洪秀柱女史があまりにも大
陸寄りの自説「一中」を述べるものだから、極めて評判悪く、国民党は遂に10月17日に臨時党代表
大会を開いて洪秀柱候補の公認を取り消し、新たに国民党主席の朱立倫を党公認候補に擁立した。

 この前代未聞の奥の手もあまり効果なさそうで、三候補の支持率に変化は見られない。昨年来の
国民党に対する逆風を果たして変えられるのか、一つの焦点である。

◆「現状維持」の意味

 台湾の国政選挙を見る場合、候補者並びに所属する政党の対中国問題に対する態度は重要な視点
である。いろいろな表現がなされるが、要するに1)台湾は中国の一部である、2)台湾は独立な
いし建国すべきである、3)現状維持、のいずれを志向するかということである。

 いろいろな世論調査、意識調査が行われているが、1)については、戦後中国人にさんざん痛め
つけられ、中国人のやり方、性癖を一番よく知っている台湾人が望むはずもなく、ごく一部の外省
人(戦後蒋介石と共に台湾に逃げ込んできた人々)の願いである。2)は恐らくほとんどの台湾人
の心にある願いであろう。しかし、それを口にすることを憚る体験をさせられている台湾人は表
立っては主張しない。独立とは中華民国からの独立である。しかし、台湾は中華人民共和国に一度
も支配されたことがないにもかかわらず、彼の国は台湾人が独立を口にすると武力をもってそれを
威嚇するので、それを口に出して言えないのである。したがって、3)「現状維持」を望む台湾人
が圧倒的に多いことになる。

 台湾独立、建国を前面に出す人々の目には、「現状維持」は極めて消極的と映るようであるが、
私は次のように考えている。

 台湾の多くの人々は世論調査などでは「現状維持」を選択するが、彼らは現状維持に満足してい
るのでは決してなく、それを選択せざるを得ない状況に置かれているのであって、この言葉の前に
は「独立、あるいは建国の時までは」の一語があるようである。すなわち、その時までは現状のま
ま(実質的な独立国)で有りたいということである。

◆おわりに

 投票日(1月16日)まで後1カ月を切ったが、果たして政権交代なるか、グリーン陣営が議会の過
半数を制することができるか、初の女性総統が誕生するか、台湾の方々には悪いが、一人の台湾大
好き日本人としては興味が尽きない。

 最新の資料(台湾指標民調2015.12.14)によれば、各候補者の支持率は蔡英文・陳建仁組が
46.1%、朱立倫・王如玄組が16.1%、宋楚瑜・徐欣瑩組が9.1%、不投あるいは廃票が12.4%、未
定が16.3%で、蔡英文組がリードしている。

 選挙は水物(みずもの)、何が起こるか分からない。インターネットを覗いていたら、「火事は
最初の1分、選挙は最後の1分」という言葉が目に入った。候補者始め、選挙関係者は十分に気を引
き締めていただきたい。

 私にはもちろん投票権があるはずもなく、投票日は屏東の竹田という所にある「池上文庫15周年
祭」に出席し、できるだけ早く家に戻り、開票速報を見たいと思っている。この日は私の誕生日で
もあり、選挙結果とともに祝杯を挙げたいものである。