【レポート】日本台湾学会第16回大会見聞記〔改訂版〕

【レポート】日本台湾学会第16回大会見聞記

作者:多田恵 2014.5.24 23:15 [5.25 11:30改訂]

〔改訂の趣旨:高井氏の発表について書いた部分の最後の段落が、発表を聞いてのレポート作成者の考えであることが分かりやすいように表現を書き直した。〕

24日、東京都文京区の東京大学内で日本台湾学会第16回学術大会が行われた。ここに筆者の見聞や感想を紹介したい。あくまでも、このレポートは発表を聞いた筆者のメモと記憶によって再構成されているので、各研究者の研究の全容を紹介するものではないし、研究者本人の表現そのものではない可能性があることをあらかじめお断りしておく。

筆者は午前中、山田賢一氏が座長を務め林成蔚氏と川上桃子氏が台湾メディアについて発表する分科会に出席した。林氏は、中間層が多いはずなのに、なぜメディアがM字型(二極対立)を示すのかという問題意識からの研究を発表。党派性を解消できないまま、過剰な競争にさらされたためだと指摘した。

川上氏は、台湾メディアがいかにして中国の意向を反映するようになるかについて発表した。1988年以降、台湾ではメディアの自由化が進んだものも、社会性・公共性が確立できなかったという。

中国の浸透のメカニズムは、1.「台商」による買収と介入、2.中国各級政府による報道の買いつけ、3.中国のテレビ局とコンテンツ取引をするための「中国への配慮」、4.中国政府とメディア幹部との日常的な接触がある。

コメンテーターも交えた討論では、台湾のジャーナリストの社会地位・待遇が低いこと、「台商」が台湾への影響力確保のためにメディアを持とうとすること。メディア学科でジャーナリストのモラルを学んだ人材も、産業化した台湾のメディアに就職すると、保身・昇進のためにオーナーの意向を推し量って「配慮する」現状。日本のメディアは、視聴者に見せているのだが、台湾のメディアは中国政府に見せていること、台湾のメディアは株式が公開されていることなどが明らかになった。他方で、中国と距離を置くメディアの経営が順調なことなども紹介された。

やはり、中国という不安定な存在と関わるとリスク回避のために、報道を自粛したりするという、悪影響が見られるということだろう。

午後は、高井ヘラー由紀氏の「戦後台湾のキリスト教と政治−1970年代の台湾基督長老教会による三大宣言をめぐるキリスト教機関誌の言説分析を中心に」という発表を聞いた。

台湾のプロテスタント・キリスト教会には2つの異なる「歴史観」があるという。その二つの立場は台湾基督長老教会と、戦後、中国国民党とともに台湾に移った中国語教会がそれぞれ代表している。

後者には、メソジスト、ルーテル派、聖公会、バプテスト教会など海外に起源を持つもの、および、霊糧堂、「国語礼拝堂」、聚会所のような中国人が創始した教派がある。

前者は、WCC(世界キリスト教協議会)と連携し、後者は「華福運動」(世界華人福音運動)と連携をとる。

世界的なキリスト教界でエキュメニズム(世界教会主義)運動が広まった1960年、台湾でも長老派、メソジスト、ルーテル派、聖公会を中心として1963年にECCという協議会が組織され、それが発展していっていた。そんな中で、1971年、米中接近、国連での政府承認の切り替えといった社会の動揺を受け、台南神学院副院長のBeebyがECCとして公開声明を出すことを提案し、全会一致で承認された。

しかし、Beeby、周聯華(バプテスト系、蒋介石の牧師)、羅愛徒(メソジスト派)らが起草した声明案に、ほとんどの教派が署名を拒否。これがさらに改訂されて台湾基督長老教会の「国是声明」として発表された。

これ以降、台湾基督長老教会は国民党政権に対して批判的な姿勢を強め、1977年には「人権宣言」を発表するにいたった。台湾基督長老教会の「国是声明」以降、中国語教会は、『基督教論壇報』に見られるような沈黙を守る態度と、黄約翰の『福音報』にみられる、「人権宣言」以降、台湾基督長老教会を「台独」として批判する言説が現れる。

これらの違いの原因は、国家アイデンティティ、教会が経験した歴史の相違、社会における教会の役割についての立場の違いに求めることができる。台湾基督長老教会が「台湾人」「抑圧された経験」「預言者として社会正義を求める」という立場を持つのに対し、中国語教会は「中国人」「(帝国主義の標的となった経験からの)反西欧」「宗教的ニーズに応える祭司」という性格を持つ。

この発表を聞いて、時代を超えて台湾人を代表する台湾基督長老教会が「正義」といった西欧の進んだ普遍的価値観に基づいて行動するのに対し、中国語教会が中国人という民族主義的な段階から抜け出せずにいるのではないか、と考えた。

シンポジウムでは、中央研究院社会学研究所の呉介民氏が「『太陽花学生運動』への道−台湾市民社会の中国要因に対する抵抗」という題で基調報告を行った。

呉氏によれば、ヒマワリ学生運動の最大の原因は中国要因だという。中国要因というのは、中国政府が資本などの手段によって、台湾を経済的に中国に依存せしめ、さらに政治的目標を達成しようとする行為である。学生運動はこれへの抵抗だという。

馬政権の中国への接近、中国との交流が深まる中、若い世代ほど台湾アイデンティティーがはっきりしている。

学生運動の中で現れた「大腸花フォーラム」では「台湾独立を支持する」ことが表明された。これは中国による「台独」に対する恫喝への抵抗であり、「台独」への 汚名化が脱構築されたと指摘した。

また、同じく基調報告を行った林宗弘氏は、台湾でヒットする映画は中国で受け入れられず、中国でヒットする映画は台湾で受け入れられないという状況を紹介した。それぞれ、日本統治への肯定的評価、愛国主義的な特徴があるという。

コメンテーターとして発言した上水流久彦氏は、台北の孫文記念館のトイレでは、付箋で中国人観光客と台湾人が論戦を行っていると紹介した。中国人観光客は台湾人に「早く祖国へ帰っておいで」とメッセージを残し、台湾人は「台湾は中国に属さない」とメッセージを残しているという。

また、統一派の「外省人」にインタビューしたところ、台湾の快適な生活を好んでおり、もし統一されても本来のふるさとには帰りたくないと答えたことを紹介した。

コメンテーターの松田康博氏はルトワック著『自滅する中国――なぜ世界帝国になれないのか 』の指摘を紹介した。

中国が1.経済成長、2.急速な軍拡、3.国際影響力の拡大を同時に追求することは、周辺国の反発によって不可能だという。その理由は:

(1)自分たちが戦略に長けているという中国人特有の錯覚、
(2)自らの文化でしか通用しない考えを異民族にも通用すると決めつける傾向(たとえば「詐術」を中心とする孫子の兵法)、
(3)他国を見下す華夷秩序観、
(4)列強の侵略への歴史的恨み、
(5)軍などが中央の意図と異なる行動をとる組織的欠陥である。

学会に参加して、やはり台湾人は西欧を中心とする先進国が獲得してきた文明の高みのもっとも端の部分にいて、文明を受け入れようとしない中国という泥沼に引き込まれないよう必死にもがいているのだ、とあらためて思った。

年末の選挙や2016年の総統選挙でヒマワリ学生運動の成果が見られるのかという問いに対し、呉介民氏は、「ぜひ見ていてください」と自信に満ちた笑顔で答えた。