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【黄文雄】終戦記念日を迎え、戦後73年の日台関係を考える

【黄文雄】終戦記念日を迎え、戦後73年の日台関係を考える

『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』より転載

今年も終戦記念日がやってきました。このメルマガの読者の皆さんは、私と同年代の方も多いのではないでしょうか。戦争を知らない世代が主流となってから久しく、メディアは戦争の悲惨さを忘れるなとばかりに毎年終戦記念日になると、戦争当時を振り返る報道が目につきます。

終戦を迎えたのは幼少期ですが、一応私も当事者であったはずですが、メディアによる戦争の振り返りにふれるたびに、気持ちも新たに戦争というもののやるせなさに心を痛めます。ちょうど今、TBSテレビで『この世界の片隅に』というドラマをやっています。この作品は映画のほうが先に上映されましたが、夏のドラマで戦争体験ものをやるのはとても意義があると思います。

ただし、日本のメディアが伝える戦争とは、まず間違いなく「日本が悪かった」「日本は侵略国家だった」というものです。さすがに最近では、日本が完全な悪玉で、中国・韓国・連合国が善玉だったなどという、善悪二元論で考える人は少なくなったでしょうが、テレビ・メディアなどは、まだまだ単純に「日本悪玉論」を唱えています。

私は台湾生まれですから、戦争前後は台湾の歴史とともに生きてきました。私は、台湾が通ってきた激動の時代の生き証人としての自負を持っています。日本時代には日本の教育を受け、終戦を迎えて日本が台湾から去り、代わりに蒋介石と国民党の残党がぞろぞろと台湾に押しかけてきて、「犬が去って豚が来た」と言われた時代がありました。

その後は皆さんご存知のように台湾に受難の時代が訪れます。二二八事件、国民党による白色テロ時代、美麗島事件、鄭南榕焼身自殺事件などを経て、李登輝時代が訪れ台湾は好転していきました。まさに激動の時代でしたが、今の台湾人の戦争を知らない世代はこうした台湾の過去をどれだけ知っているでしょうか。

私は青年時代からずっと台湾独立運動に身を投じてきました。日本に渡ってきてから、ブラックリスト者として台湾に帰ることが許されなかった時代も、仲間とともに日本から台湾独立を叫び、運動を支援してきた自負もあります。そして今、人生を振り返ると、運動を共にしてきた仲間たちは一人、また一人と減っています。

かつては、私も後世の育成に責任を感じ、後世を育てようとしましたが、なかなかうまくいかず、結局これといった人材とめぐりあうことができず、仲間はどんどん年を重ねて減っていく一方です。戦争を知らない世代が、戦争世代と同じような温度で戦争を見ることができないのと同じで、戦後の台湾を知らない世代が熱心に独立運動に参加できるかといったら、なかなか難しいのでしょう。

台湾もかなり変わりました。李登輝時代が終わり、陳水扁時代、馬英九時代、そして蔡英文時代と、台湾は進退を繰り返しながらも確実に中国とは一線を画した独自路線を歩んでいます。

こうして、戦後から現在までの台湾を振り返ると、台湾が白色テロ時代のような悲惨な時代を経てもなお志高く、独自路線を歩むことができているのは、地理的条件などの要因ももちろんありますが、やはり日本時代の教えがあったからではないかと私は考えています。

台湾人は日本時代に多くを学びました。インフラ整備など物質面でも多くを日本から与えられましたが、それ以外に衛生観念、公共精神、報恩の精神、武士道精神など精神面での教えも非常に多くありました。

台湾人は、日本人として戦争を戦い、日本時代の教えを得たことで強くなったのです。信念を貫く精神、長いものには巻かれない精神を持ったのです。その精神があったからこそ、台湾独立への志は失われず受け継がれ、蔡英文政権率いる台湾の実現を可能としたのではないでしょうか。

また、毎年終戦記念日を迎える頃になると、台湾人の元日本兵という輩が登場して、戦後補償が全くないのは不公平だとか、自分たちの日本との戦争はまだ終わっていないだとかメディアで言っています。今年は、以下のような記事がありました。

● <麗しの島から>日本人よ、私たちを忘れないで

日台の絆は台湾人が日本人として共に戦争を闘ったときからすでに不動のものとなっていました。こんな小細工で亀裂がはいるような安物ではありません。戦後73年間ずっと同じことの繰り返しです。

それと同じく、私は戦後の台湾を生き抜いてきた生き証人としての経験と、台湾と日本に抱く情熱を、繰り返し多くの人々に伝えたいと思っています。そして、戦争を知らない世代との温度差を少しでも縮めることができたら本望です。近刊を予定している著書もそのような内容となっておりますので、ぜひともご高覧頂けたらと思います。

2018年の今年は、ちょうど明治維新150年の節目になります。私は戦中世代です。戦中世代が共有する記憶といえば、空襲、疎開、サイレン、水爆、探照灯、B29、赤とんぼ(航空隊の練習機をそう呼んでいました)などでしょう。私は、戦中は小学1年生でしたので、最後の日本語世代でもあります。

故郷の高雄州岡山街では帝国海軍最大の海軍航空隊基地がありました。最初にB29が投下した爆弾は、私のクラスメートの家に落ちました。私も、早朝の大きな爆発音で目覚め、親から危ないから行くなと制止されても野次馬として大人たちの群れに潜り込んで、爆撃地を見学に行きました。

幸い、その家の人々は山奥に疎開していたため死者を出さずにすみましたが、山から下りて家に帰ったら、家が木っ端微塵で、街はすっかり焼け野原になっていました。戦中、米軍が台湾に投下した爆弾のうち、約40%は私の郷里に落とされていたことは、後に米軍が公開した資料を見て知りました。

戦後は、小学校の半数は倒壊しており、木々にささった破片を取って集めて売った記憶があります。戦後は、国共内戦で破れた国民党軍と難民たちと一緒に小学校で過ごしたりもしました。その後、私が小学校4年生のときに二二八の大虐殺が起こり、私はその中にあっても生き残りました。

時が変われば世も変わり、台湾人の中に「中国人」ではなく「台湾人」という自意識が定着し、社会も政治も確実に変わってきています。アメリカのトランプ政権の誕生によって台湾はさらに変わりつつあります。

アメリカは、「台湾関係法」「台湾旅行法」「国防授権法」「AITの台湾事務所設立」などが、その変化の最たるシンボルです。問題は、蔡英文政権がそれに対してどう対応するかです。私は、こうした国の変化は、歴史という広い視点を持って見るべきだと考えています。

ですから、蔡英文政権が誕生したときも、急激な変化があるとは思っていませんでした。歴史という視点を持って見れば、蔡英文政権は台湾の歴史における過渡期に過ぎないからです。私が蔡英文政権に対して期待することは2つだけです。ひとつは、「九二共識」を拒否し続けること。もうひとつは「司法改革」に着手することです。「司法改革」は数世代にもわたってやるべき時間のかかることですから、まずは着手すれば十分です。

トランプ政権による米中貿易戦争は目下熾烈な戦いとなってきていますが、中国が受けるダメージはかなりなものでしょう。そして、台湾も日本も傍観者として見ているだけでなく、この戦いに参戦すべきだと私は思います。

2018年末、台湾では地方(中間)選挙があります。選挙を控えて、民進党と国民党はすでに戦いの狼煙を挙げていますが、その中の動きのひとつとして、馬英九元総統が再出馬するという話も出ています。彼は今、詐欺、汚職、国家機密漏洩をはじめ数えきれないほどの訴訟問題を抱えています。

その中でも台北地裁が受理した告発は、証拠の写真や録音音声などが揃っており、有罪判決からもう逃げられない状況にあります。そんな彼の唯一の逃げ道が、2020年の総統選に再出馬することなのです。さらに、彼が出馬すれば民進党に「迫害」された人々からの「同情票」が集まるのではないかとも分析されています。

最近、国民党内に「3つの太陽」があることも話題となっています。現主席の呉敦義、前主席の朱立倫、元主席の馬英九のことです。国民党は、太陽が多ければ多いほど党内が安定すると言っています。今年末からの選挙戦で、国民党は与党奪還のための戦いを民進党にしかけてくることでしょう。

プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。


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