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【台湾から見た日本】木を植える日本人と木を伐る中国人

【台湾から見た日本】木を植える日本人と木を伐る中国人

(転載自由)

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以下は6年前に上梓した単行本「日本よ、こんな中国とつきあえるか」の一部ですが、参考のために再度掲載させていただきます。

 「台湾の声」編集長 林 建良(りん けんりょう)

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(転送転載自由)

木を植える日本人と木を伐る中国人

●阿里山鉄道は掠奪資源の運搬用だったと教える国民党教育

 台湾の中央に、二〇〇〇メートルを超える山々からなる中央山脈と呼ばれる山岳地帯がある。そのなかに阿里山という山があり、この阿里山には、台湾人が「神木」と呼ぶ樹齢何千年という檜や杉の巨木がたくさんそびえていて、日本でもよく知られている。

 この阿里山でもう一つ有名なのは、台湾で唯一の高山鉄道「阿里山森林鉄道」である。阿里山森林鉄道は日本時代の一九一二(明治四五)年に敷設された鉄道で、当時、日本初の山岳鉄道だった。

 われわれ戦後世代の台湾人はこの阿里山森林鉄道について、学校では「日本が台湾の貴重な檜や杉を伐採するために敷いた鉄道だ」と教えられた。国民党教育では、日本は台湾の資源を掠奪するために作った鉄道だと教えていた。当時の私はこの教えを信じて疑わなかった。日本が台湾を領土としたのは、台湾の資源を持ち出すためだったと思っていた。

 しかし、日本に来て、日本人の自然に対する対応を見ていて、日本人は植物を大切にする民族であることを強く感じた。日本人は猫の額ほどの小さな庭でも、木や草花を植えている。土地さえあれば植えているという印象だった。しかも、無造作に植えているのではなく計画的であり、また非常にていねいに手入れをする。あたかも家族に接するように大切にしているのである。

 このような日本人を見ていて、果たして私が受けた教育は本当だったのだろうかと疑いはじめた。われわれ戦後世代の台湾人は、恥ずかしいことだが、台湾の歴史についてはほとんど無知に近いといってよい。私は日本に来てはじめて台湾に関する歴史資料などを読み漁った。そこでわかったことは、清朝が台湾を統治していた約二〇〇年間、木を伐採することはあっても、植林はいっさいやらなかったという事実だ。入りにくい高山は除いて、平野の森林をことごとく伐採してしまったのである。

 逆に、清朝のあと一八九五(明治二八)年に台湾を統治した日本は、日露戦争に勝った一九〇六(明治三九)年から造林事業を奨励していたのだ。台湾総督府では毎年、一〇〇万本余の苗木を無償で配布し、補償金まで交付して造林事業に力を入れていたのである。

 このように、日本が統治する以前の台湾では樹木がほとんど伐採されてしまったため、山の保水力が極端に落ち、ちょっとした雨でも大水が出たり山崩れが起こったりしていた。「イラ・フォルモサ」(麗しの島)と呼ばれた台湾の面影は消えてしまっていた。ところが、日本はどんどん造林し、たとえば一九四三(昭和一八)年には五〇七カ所で植林していて、阿里山鉄道にしても、伐採した檜を運搬する役目も果たしたが、それは決して掠奪するためではなかった。また植林・造林事業に果たした役割も大きかったのである。

 今の日本でも自然を維持しながら伐採し植林しているが、当時もほぼ同じ姿勢で臨んでいたのである。

●美しい並木を伐ってしまった蒋介石軍

 歴史から見ても、たとえば鎮守の森に見られるように、日本人は木を植え、木を育てることを大切にしてきた民族である。

 台湾に関して言えば、台湾総督府の都市計画に基づいて作られた台湾の都会の道路という道路は美しい並木道だったという。ところが、一九五〇年代、私が小さいころにはそのような並木道はほとんどなくなっていた。戦後、中国から蒋介石の軍隊が台湾に入ってきたとき、この並木を伐ってしまったのである。

 蒋介石軍がまず最初に取りかかったのが並木の伐採だった。木の陰に誰が隠れているかわからないから危険だ、という訳だ。伐った並木は薪にもできるから一石二鳥、という理由だった。これが中国人の考え方なのである。こうやって中国人は資源を破壊してきたのである。

 中国には人を励ますときによく使う「人定勝天」(ズンディンスンテン)ということわざがある。人間は天に勝つように定まっている、すなわち「難題は必ず克服できるから頑張れ」と言って励ますのである。だが、この言葉の原義は、人間は「天」すなわち自然を征服できるという意味であり、中国人は、自然は人間に利用されるためにある、征服されるためにあると考えるのである。
 
先にも触れたように、生き物はすべて食べ物とするのが中国人である。植物にしても、いかに利用するか、それ以外なにも考えていない。自然を尊重し、自然と共生するなどという概念はなく、そういう発想もしないのが中国人なのである。

●まったく正反対の日本人と中国人の生命観

 今は便利なことに、インターネットで衛星写真を自由に見ることができる時代になった。これで、中国と日本を比較してみれば一目瞭然だ。日本はきれいな緑色に映し出され、中国はほぼ全土が茶色っぽく映し出される。中国から緑、すなわち森林や植物が消失していることを如実に示している。

 中国人は自分さえよければいいと考える民族だ。自分の短い人生のなかですべての自然を使い尽くしてしまったとして、なんの痛痒も感じないはずだ。自分の目を楽しませる樹木や草花なら植える。それも、食糧や薪にしてしまうことを考えながら植える。後世に豊かな自然を残すなどということはほとんど考えていない。また仮にあったとしても、自然と共生するなどという考えは皆無といってよい。

 私が台湾で教えられた日本人像をひと言で言えば、「残虐かつ残忍な日本人」であり、逆に「平和を愛し、寛容な中国人」という比較だった。日本に来て初めて、それがまったく逆だったことを知った次第だ。

 日本人は、たとえば国の特別史跡・特別天然記念物となっている日光の杉並木や、世界遺産に登録された屋久島の縄文杉などへの接し方にもよく現れているが、木の一本一本に対して慈愛の念をもって接し、畏敬の念を示している。

 これは、日本人に生命に対する畏敬の念があるからにほかならない。虫の音を楽しみ、樹木や草花にも命を感ずる、日本人ならではの生命観であるといえよう。

 その点で、中国人は日本人とまったく正反対の生命観を持っていることは第1章でも縷々述べたところである。親族以外の人間はすべて利用の対象であり、自然も例外ではない。中国人の目には、虫や草花は食べ物や薬材としか映らない。まさに日本人の生命観とは対極にあるといってよい。

 樹木の生命は人間より長い。植林したところで、自分が生きている間に利用できるとは限らない。それでも日本人は百年後、千年後のために黙々と木を植える。ところが、中国人は樹齢何千年の巨木であろうと、美しい並木であろうと、自分が薪として使いたいとなれば平気で伐ってしまうのである。

 われわれ台湾人は、そのような日本人と運良く五〇年間暮らし、そのような中国人と不幸にして六〇年間付き合わされ、併呑の危機にもさらされているのである。

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参考

中国ガン・台湾人医師の処方箋」林 建良著 並木書房 2012年12月出版

http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%82%AC%E3%83%B3-%E6%9E%97-%E5%BB%BA%E8%89%AF/dp/4890633006/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1356076869&sr=8-2

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