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【傳田晴久の臺灣通信】「台湾の北京語(2)」

【傳田晴久の臺灣通信】「台湾の北京語(2)」

1. はじめに

前号でご紹介させていただいた本「台湾の北京語」(黄英甫・傳田晴久著)は如何でしたか?ようやく今月(2018年8月)末に世に出ることになりました。少しでもご興味持っていただこうと、今号ではその内容を少し詳しく紹介させていただきます。

1895~1945年の50年間におよぶ日本統治時代はもちろんのこと、戦後から今日に至る70数年間も日本と台湾は切っても切れない関係にあり、「台湾の北京語」に与えた日本語の影響は無視できません。台湾通信No.129「台湾の北京語(2)」では、戦前の「日治時代の言葉」と「戦後の言葉」、「日本の流行語」に分けて紹介してみます。

2. 日治時代の言葉

収録した語のうち、日治時代の言葉と思われるものは次のようなものです。( )内は日本語訳です。

食いしん坊な私は先ず食べ物から参りましょう。

「阿給」(油揚げに具を詰めて蒸したもの)は前回紹介しました。「便當」(弁当、べんとう)の看板は街中いたる所で見かけますし、駅弁も有名です。台湾に関心ある方は「黑輪」(おでん)や「烏龍麵」(うどん)はおなじみですね。台湾語には「de」や「do」の音がないので、「おでん」は「オレン」と発音され、「黑輪」の文字が当てられ、「うどん」は「ウロン」と発音され、「烏龍麵」があてられました。「沙西米」(刺身)、「甜不辣」(テンプラ)も皆さん大好きです。「俗パン」(食パン)はポルトガル語のPanが日本語の食パンになり、台湾では「俗パン」となりました。「俗」は台湾語で「安い」と言う意味があります。
日常生活に欠かせない言葉としては、「多桑」(おとうさん;お父さん)、「卡桑」(おかあさん;お母さん)、「米納桑」(みなさん;皆さん)、「歐吉桑」(おじさん;小父さん)「歐巴桑」(おばさん;小母さん)、「内將」((ホテルの女性従業員に対する呼称)おねえさん)、「運将」(運ちゃん;運転手さん)などは新聞やテレビでよく見かけます。

面白い言葉に「槓龜」というのがあります。発音はコンクで意味は「スコンク;スカンク;零敗」、これは英語のskunkが日本語スコンクになり、台湾語コンクになり、「槓龜」の文字が当てられたということですが、自分が子供の頃(昭和30年頃)卓球でワンポイントも取れずに負けるとスコンク負けと言って笑われたことを思い出しました。

もうひとつ面白い言葉がありました。「搭帳篷」ですが、もともとは日本語のスラングで「若者が朝、××してふとんを持ち上げているという事」を「テントを張る」といいますが、その言葉が台湾語「搭テント」(台)tah4-ten2-toh4、もしくは「搭布帆」(台)tah8-poo2-phang5になり、更に戦後台湾北京語「搭帳篷」(北)da1-zhang4-peng2になったということです。現在では北京語読みし、「元気がよくて、朝テントを張る」と言う意味です。

挨拶や日常会話に出て来る言葉もありまして、「阿裡阿多」;「雅裡雅多」(ありがとう)、「歐嗨唷」(おはよう。お早う)、「逮就捕」(大丈夫(だいじょうぶ))、「乾爸爹」(頑張って!)などは、発音は推測できそうですが、如何でしょうか。

「逮就捕」は日本語の「大丈夫」(だいじょうぶ)の音訳ですが、北京語には濁音がないため、清音の逮dai3、就jiu4、捕bu3を当てた。漢字は表意文字であるため、「逮」(捕らえる)、「捕」(捕らえる)と言う文字が入っているが、犯罪者を捕らえるという意味の「逮捕」とは全く関係がありません。

「乾爸爹」も同様、北京語の「乾爸」(gan1ba4)は義理のお父さん、「爹」(die1)も「おとうさん」の意味ですが、父親は関係なく、単に日本語発音の音訳です。

3. 戦後の言葉

明らかに戦後生まれの言葉としては、「羅生門」(はっきりしない問題。藪の中)を上げることができましょう。手元の日本語辞典にはいわゆる「羅生門」しか載っていませんが、「台湾の北京語」のそれは、米語Rashoumon
Effectが語源で、その意味は「同じ現場を見ても見る人によって現実が異なる(がそれぞれに真実を見ている)と言うことです。映画監督黒沢明の作品「羅生門」(原作は芥川龍之介の小説「藪の中」)をみた米国人が名付けた言葉だそうで、台湾では「羅生門」と書きます。

台湾の新聞やテレビでしばしば見かける言葉に「KUSO」と言うのがあり、その語源が日本の「糞」であることを知り、度肝を抜かれました。意味はなかなか難しく、先生の説明を何回もお聞きし、ようやく理解した次第です。理解しにくい言葉は、その使用例を色々挙げていただくとだんだんわかってくることを学びました。

「KUSO」の意味は、罵り言葉(くそっ!)から「からかう」、「揶揄する」という意味になり、さらに揶揄したりからかったりして表現された内容(アニメ、漫画、言葉など)を指すようになったということです。左の写真は「KUSO」の例で、北朝鮮の金正恩と南韓の文在寅が板門店の軍事境界線で会った時の姿を揶揄したものです。

戦後とりいれられた言葉として、「卡拉OK」(カラオケ)は外せません。私は残念ながら音痴ですので、カラオケのお店には行ったことがありませんが、台湾では大流行で、老若男女、皆楽しむそうです。聞くところによりますと、台湾の若者がカラオケで、情感たっぷりに日本語の歌を歌っているそうですが、本人は全く日本語を話せないとか・・・・。

4. 日本の流行語

台湾の若者たちは日本の動向に敏感で、日本の流行語をとりいれます。日本で流行ったとも思いませんが、村上春樹氏の造語「小確幸」(小さくても確かな幸せ)は、台湾の看板やテレビのコマーシャルなど色々な場面で使われています。

「ものすごく・・・・である」と言う意味の「超」は正に超流行っていますし、「卡娃伊」(かわいい;可愛い)、「哈日族」(日本大好き人間)、「上班族」(サラリーマン)も馴染の言葉です。

半世紀ほど昔の流行語「鍵っ子」(両親が共働きで留守の為、常に鍵をもたされている子供)は「鑰匙兒」です。「鑰匙」は難しい文字ですが、鍵、キーのことです。

日本の流行語としては、もう一つ「宅急便」があります。これはヤマト運輸の商品名ですが、一般名称は「宅配便」で、比較的小さな荷物を各戸へ配送する輸送便で、荷主の戸口から届け先の戸口までの迅速な配達を特徴とする新しい物流サービスです。台湾では日本のヤマト運輸、佐川急便、日本通運などの技術指導を受けた現地企業がしのぎを削っています。

5. おわりに

今回は「台湾の北京語」と我々が呼ぶ言葉の中から、日本語に由来すると思われる言葉約30語を取り上げました。その中の「日治時代の言葉」と言うのは、当時日本語が公用語でしたから当然日本語発音で用いられていたものですが、家庭の中とか台湾人の間では台湾語文字が当てられたり、台湾語で発音されたこともあったようです。

1945年以降、中国国民党政権、中華民国による台湾支配の結果、北京語が公用語となりましたので、それらの言葉も北京語発音で用いられ、人によっては引き続き日本語発音でその言葉を使っています。

この台湾通信を書いている日の新聞(2018.8.8の自由時報)にも、「約會人妻」(人妻と密会)、「槍殺運將案」(運転手射殺事件)と二つの日本語由来の「台湾の北京語」が使われていました。

「台湾の北京語」は日本語以外の言葉の影響も受け、いろいろ面白い言葉がありますので、それらについては次号で紹介させていただきたいと思います。
(文責在傳田晴久)


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