馬習會―習近平が仕掛け、馬英九が踊った  迫田 勝敏(ジャーナリスト)

◆新たなあだ名は「軽佻」

 中国の国家主席、習近平と台湾総統、馬英九がシンガポールで歴史的会談を持った。1949年に新
中国(中華人民共和国)が成立し、蒋介石の中華民国が台湾に逃げ込んで以来、台湾海峡を挟んで
対峙してきた両岸トップの初めての握手だ。ここ数年は海峡の波は静まり平和な海となってはいた
が、「歴史的握手」は台湾海峡の平和を如実に象徴している。だが、その演出には隠された意図が
あり、この平和が続くかどうかは予断できない。

 11月7日の歴史的会談を前にした馬英九は5日、総統府で緊急会見したが、終始笑顔。ここ数年、
何度も総統府の会見に出たが、こんなに上機嫌な馬英九を見たのは初めて。質問には短く即答。い
つもなら正面から答えず、はぐらかしの返答をするが、この日は時にあまり面白くもない冗談も交
え、時間を延長して、実に50問前後の質問に答えていた。歴史的会談で気分はハイになっていたの
だろう。

 馬習會は馬英九に言わせると、2年前から提起していた。2013年のインドネシアでのアジア太平
洋経済協力会議(APEC)の場で「会いたい」と伝え、さらに昨年の北京でのAPECでもラブ
コールしていた。APEC首脳会議に台湾も参加しているが、中国の反対で総統など政治家は不
可。いつも経済閣僚などが出ていた。その場に総統が出て、習近平と個別会談したうえ、首脳会議
にも出れば、台湾の国際的地位は一段上がる。史上最低の支持率から「9%総統」という不名誉な
ニックネームを付けられた馬英九としては汚名返上になる。

 APECの場ではないが、歴史的な馬習會は悲願成就だ。まさしく汚名返上になるが、会談で台
湾にとってのプラスはゼロに近い。浮き浮きして台湾総統の身分を忘れたという酷評もあり、「敗
者」と伝えた外国メディアもあった。

 それはそうだ。その一例。「台湾に向けたミサイルは野党の両岸関係批判の口実にされる」との
言い方。これで台湾のリーダーなのかと言いたくなる。しかも「台湾に向けたものではない」と習
近平に一蹴されてお終い。習近平は晩餐会では「乾杯!」の際、あまり呑めないからと茅苔酒に口
を付けるだけ。宴会が終了時にようやく一杯を飲み干したが、馬英九は何杯か杯を空け、すっかり
ほろ酔い気分。宴会が終わってボディガードに支えられる始末。折角の汚名返上のチャンスだった
が、台湾メディアは「軽佻」と新たなニックネームを送った。

◆「一中」の首枷が狙い

 もともと馬習會は馬英九側から働きかけていたが、習近平は台湾を国家として扱うようなことは
絶対に避けたい。そのためもあってAPECの場でという馬英九のアプローチは婉曲に拒否してい
た。それが急に実現したのは、実は習近平からの誘いだったからだ。

 中国と台湾の両岸関係政府機関である国務院台湾事務辨公室主任の張志軍と大陸委員会主任委員
の夏立言が10月中旬、広州で会談。事務協議を終えて夏が台湾に戻る前に張が珠江の船遊びに誘っ
た。珠江を少し下れば今は人民解放軍の施設となっている黄埔軍官学校跡がある。設立当初は第一
次国共合作時代で蒋介石校長の下、周恩来も葉剣英もいた。張志軍がそんな故事を話したかは不明
だが、その船上で夏立言に馬習會を持ちかけた。夏立言はすぐに飛びつき「マニラのAPECでど
うか」と応じたが、「いや、国際の場はよくない」と張。次に夏は1993年に初めての両岸実務者会
談が行われたシンガポールを提案。夏が台湾に戻った翌日には張から「OK」の返事。それもAP
ECよりも前の7日を指定してきた。

 習近平が会談を急いだ大きな理由は中国の国際イメージの問題だろう。南シナ海の人工島の問題
などで中国はいまや世界の悪役になりつつある。米国は中国けん制のため南シナ海にイージス艦を
派遣し、日本などアジアの多くの国が支持している。しかもG20、APEC、東アジアサミットな
ど国際会議が相次ぐ。このままでは中国批判の集中砲火も考えられる。そこで先手を打っての馬習
会。初の中台首脳会談は台湾海峡の平和を象徴するもので、中国の平和姿勢を振り撒くことができ
る。

 もちろん選挙も考慮しただろう。だがそれは国民党支援のためではない。むしろ総統選、立法委
員選での国民党の敗北、つまり政権交代を覚悟している。習近平は福建省に10数年いたこともあ
り、台湾のことをよく知っている。馬習會後の夕食会では馬英九が持参した金門高粱酒を自慢げに
差し出すと、習近平は金門高粱酒は生産が増え、今では原料の高粱は中国から入れているというこ
とまで知っていたという。昨年の太陽花(ヒマワリ)学生運動の力を馬英九よりも正確に認識して
おり、九合一地方選挙の国民党の敗因も馬英九よりも正しく分析しているはずだ。

 その習近平は政権交代を見越して、馬習會では次期政権に首枷を掛けようとしたのだろう。その
首枷とは「一つの中国」、つまり台湾独立は絶対に許さないということだ。会談で大きなテーマと
なったのは、一つの中国を謳った「92共識」だった。馬英九は「一中各表」、つまりその「中国」
はそれぞれが解釈するということで、「中国とは中華民国だ」と主張。記者会見で馬英九は「一中
各表を言った時、習近平は不愉快そうな顔はしてなかった」と、相手も黙認しているかのような返
答をした。

 だが、習近平は「一中」とだけ言い、「各表」は言わない。各表、つまり中華民国は認めていな
いのだ。結局、馬習會では一つの中国を確認しただけに終わった。習近平の目的はまさにそこにあ
る。「中台首脳が一つの中国で一致」。多くの外国メディアはそう伝えた。それで大成功。来年、
誕生するはずの民進党政権もこの「中台首脳合意」をまったく無視するわけにはいかない。

◆87%が「私は台湾人」

 歴史的な馬習會で中台トップは「一つの中国」で合意した。合意そのものは重いものだが、馬習
會ではなんの合意文書もないし、共同声明発表もなく、会談後の記者会見もそれぞれ別個に行っ
た。ということは、合意には法的にはなんの拘束力もない。それでも習近平にすれば、次期政権に
心理的な圧力をかけることが狙いで、台湾をあくまでも統一の枠組みの中に収めておくことが目的
なのだからそれでいい。

 1949年に中華人民共和国が誕生して以来、66年。中国と台湾の関係は大きく変わってきた。台湾
側からみれば、金門島で砲火を交え、反攻大陸を唱えた蒋介石時代、戒厳令を解除し、大陸里帰り
を認めた蒋経国時代、そして一方的に内戦状態終了を宣言した李登輝時代、続く陳水扁時代は政治
的には波風あったが、経済交流は大きく進んだ。そして馬英九時代は三通の実現で人、物、金の往
来は大幅に拡大し、中台関係は緊密化した。

 この間、中国は台湾統一の看板を決して下ろしはしなかった。投資誘致で台湾企業に優遇策を提
供、台湾人の観光や進学をどんどん受け入れ、その一方でミサイル演習で脅したり、反国家分裂法
を制定し、武力行使を正当化したり、硬軟両様で台湾の独立を阻止し、統一工作を推し進めてき
た。その結果、台湾の街には中国人観光客が溢れ、中国企業の看板も立つようになり、表向きは、
中台は一体化しつつあるようにもなった。

 しかし面白いのは、中台関係が緊密化すればするほど、台湾の嫌中意識が広がり、台湾は台湾、
中国ではないという思いが強まっていることだ。中台交流の緊密化こそが、台湾の独立意識を拡大
させており、少なくとも統一を嫌う現状維持派を増やしている。その一つの象徴が立法院を占拠し
た昨春の太陽花学生運動であり、その背景には中国に対する反発がある。

 最近の新台湾国策智庫の世論調査でもその傾向が明白。自分を台湾人だという人は87%で、自分
を中国人だという人は僅かに6%に過ぎない。この傾向は若い人ほど顕著で20〜29歳は実に98%が
自分は台湾人だと言っている。台湾の将来は独立した一つの国家だという人は61%なのに対し、中
国と統一というのは12%。20歳代だと、独立した国家は81%、統一は9%だけ。若い世代に独立志
向が強いということは今後、ますます台湾は独立意識が強くなってくるということを予見してい
る。

◆傾中路線が独立意識を拡大

 こうなると、中国の統一工作は一体、どこまで奏功したのか、と疑問になる。馬英九の傾中政策
は「究極統一」を目指しながらも、結果的には台湾の独立志向をかえって強めてしまった。馬習會
はこうした台湾人の意識変化をなんとか元に戻そうとするために開いた。といって「一つの中国」
の合意を文書化し、調印締結などすれば、台湾人の反発は必至で、暴動さえ起きかねない。そこで
馬習會は単なる口頭の合意というソフトな形で心理的圧力を掛けようという狙いで習近平が打った
窮余の一策だろう。

 だが、台湾は独立主権国家だという台湾人の意識はもう後戻りできないぐらいに固い。それだけ
に習近平にすれば、統一は見果てぬ夢。といって台湾の独立は絶対に認めるわけにはいかない。現
状維持できれば上々。あらゆる手立てを講じて独立に向かわないようにするだろう。それでも台湾
が例えば憲法改正して国名を台湾に変更するなどさらに一歩、独立に向かえば、習近平としては断
固として阻止する手、つまりは反国家分裂法を根拠に武力行使に踏み切るかどうかの判断を迫られ
る。馬習會は台湾海峡の平和を象徴する歴史的会談ではあったが、会談後の中台関係は水面下で激
しい闘いも覚悟しなければなるまい。

                    【「透視台湾」(Econo Taiwan 速報掲載)11月号】


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