李登輝元総統が馬英九総統の台中非国家関係認識を厳しく批判

李登輝元総統は昨9月6日、馬英九総統がメキシコメディアのインタビューの中で、台
湾と中国の関係について「特別な関係であるが、国と国の関係ではない」と述べたこと
を厳しく批判し、改めて「台湾は主権独立国家である」と強調した。

 この発言は昨日開かれた群策会のパーティーでのもので、今朝のメルマガ「台湾の声」
が伝えているのでご紹介したい。

 また、馬総統がメキシコ紙「エル・ソル・デ・メヒコ」に答えたインタビュー記事の
要旨を「台湾週報」から紹介したい。                  (編集部)


【9月7日 メルマガ「台湾の声」】http://www.emaga.com/info/3407.html

李登輝元総統 「台湾は主権独立国家」、台連は馬総統の辞任を要求

 李登輝元総統(元大統領)は9月6日に開かれた群策会のパーティーに出席し、台湾と
中国の関係について語った。

 馬英九総統が台中両岸関係を「特別な関係であり、国と国の関係ではない」と表明し、
さらに総統府が両岸関係を「2つの地区」「2つの当局」と釈明したことに関して、李
元総統は「自己が主権独立国家であることを否定するような行為は、国に背き、国民の
付託をも超えるものだ」と厳しく批判し、改めて「台湾は主権独立国家である」と強調
した。

 急速に対中傾斜する馬総統に対し、李元総統は「直行チャーター便と中国人の台湾観
光開放のために(馬総統は)そもそも存在しない『1992年合意』(注:台湾地区と大陸
地区は『一つの中国』に属するがその『中国』は各自解釈するという合意)を認め、台
湾を『一つの中国』の渦の中に巻き込んだ」と指摘し、「1991年の憲法修正後、両岸関
係は少なくとも特殊な国と国の関係になった」との認識を示した。

 また9月4日、台湾団結連盟(台連)はプレスリリースを発表し、「7回の(中華民国)
憲法改正を経て、中華民国の統治権は台湾・澎湖・金門・馬祖に限定され、李登輝総統
の時代に動員勘乱の廃止後、対岸の『中華人民共和国』が有効に中国大陸を統治してい
ることを認めた。だから李元総統が言う『両岸は特殊な国と国の関係』がいまの両岸関
係の最も適切な解釈だ」と指摘した。その上で台連は「馬英九氏が自己の『中華民国』
が国家であることを否定し、さらに『中華人民共和国』が国家であることをも否定する
のは、国際社会の笑い者になるだけだ」として、馬総統の辞任を求めた。


馬英九総統がメキシコ紙のインタビューで両岸関係を語る
【9月4日 台湾週報】

 馬英九総統は先日メキシコ紙「エル・ソル・デ・メヒコ」(El sol de Mexico)の取
材を受け、9月3日に同紙で発表された。以下はそのインタビュー記事の要旨である。

         〇       〇       〇

── 米国、カナダ、日本、英国等の国々があなたの当選に祝賀のメッセージを送った
が、その意義は?

 「主要な意義とは、われわれは中国大陸との関係改善を主張しており、台湾海峡はも
ともと危険が潜在する地区であったが、このように不発弾がわれわれによって解かれた
ことで、緊張状態が大きく減少し、各国がホッと一息つけたことが、多くの国々が私の
当選を祝賀した理由の一つであろう。もう一つの理由は、台湾で二回目となる政権交替
が起こったことが民主主義の発展の歴史のうえで重要な意義を備えていることである。
8年前、私の所属する国民党は選挙の後に下野したが、8年後にわれわれは再び立ち上
がり、人々の信任を得て、58.5%の票を獲得した。これは台湾の民主主義がすでに成
熟したことを示したものだ」

── 両岸政策については?

 「私の両岸政策は『3つのノー』で表すことができる。『3つのノー』とはすなわち
『統一しない、独立しない、武力を用いない』であり、『統一しない』は私の任期中に
中共(中国共産党)と両岸統一問題を話し合わないという意味であり、『独立しない』
はわれわれが法的台湾独立を追求しないことであり、『武力を用いない』は台湾問題の
解決方法にわれわれはいかなる武力の使用にも反対するということである」

── 「2つの中国」に対する見方は?

 「われわれは基本的に双方の関係は『2つの中国』ではなく、海峡両岸の双方は一種
の特別な関係であると認識している。なぜなら、われわれの憲法はわれわれの領土上に
別の国が存在することを許容することはできず、同様に、彼らの憲法も彼らの憲法が定
めた領土上に別の国が存在することを許容することはできない。このため、われわれ双
方は一種の特別な関係なのであるが、国と国の関係ではない。これはきわめて重要なこ
とだ。そうであるから、メキシコを含むいかなる外国も二重承認をすることが不可能と
なっている。われわれは必ず平和と繁栄の関係を維持すると同時に双方が国際社会で尊
厳を得られるようにすることが目標である」

── 中華民国台湾は主権独立国家であると言い、中国大陸は台湾が中国の一省である
と言っている。妥協できない紛争のように見えるが、和解の道はあるのか?

 「このような争議は主権に関する争議に属し、目下解決できる方法はないが、短期的
には1992年に中国大陸と達成した『92年コンセンサス』を用いて処理できる。これは双
方が『一つの中国』の原則を受け入れるが、『一つの中国』の意味はそれぞれ異なる解
釈をするというものだ。なぜなら、主権に対する問題は解決できるのか、どのように解
決するのか、いつ解決するのか、いまのところ答えはないのである。しかし、われわれ
はこのような問題に時間と精力をつぎ込むよりも、その他の切迫した、双方が解決を必
要としている項目に重点を置くべきであり、これがわれわれがいま推進しようとしてい
る政策なのである。

 1949年に中国大陸の内戦のため、われわれの政府は中国大陸を離れ、中共政権による
統治がはじまったが、われわれは消失していない。人々はこの現実を忘れてはならない。
もともとわれわれ中華民国とメキシコは国交があり、後にメキシコはわれわれと断交し、
中共と外交関係を結んだが、台湾は存在しているのであり、メキシコは台湾と実質的な
関係を維持している。これは台湾とメキシコいずれにも利益があることである。このた
め、われわれの現在の状況はそれぞれが外交上の悪性競争をやめることを願っており、
それぞれが国交国を維持すると同時に、国交のない国とも非外交関係を発展させること
で平和共存できる。これこそが国際社会の共存の最も理想的な方法である」

── 両岸直航の政治的、経済的な意義は?

 「両岸直航は確かに60年間実現することがなかった重要な政策であり、その政治的な
意義は両岸が直接往来を願うことによって双方の敵意を減少させ、双方の交流が促進さ
れたことである。経済的には、両岸の経済関係が発展しはじめてすでに20数年が経ち、
台湾から大陸への投資もすでに数千億米ドルを超え、投資した工場・会社は10万社を超
えている。われわれの昨年の対中国大陸貿易黒字は462億米ドルであり、両岸の経済は
すでに緊密に結びつき一体となっており、直航を開放しないのはきわめて不合理なこと
であり、われわれや彼らの業者にとってもきわめて不便なことである。昨年、両岸の間
の旅行客は490万人近くあった。双方で490万という厖大な人数を、飛行機で香港を経由
しなければならないのは、きわめて不合理なことである。実際に、このように実施して
こそ、双方の経済関係がよりスムーズにいくのである」

── 両岸の対話ははじまったが、中国大陸が最近も引き続き台湾に向けたミサイルを
配備して、台湾海峡の緊張を高めているが?

 「大陸の台湾に対するミサイル配備はすでに10年を超えて毎年だいたい80〜100基の
ペースで増強されており、われわれの安全保障にとって非常に大きな脅威となっている。
このため、今後われわれが関係を発展させる際、相手側が平和協定の締結を求めてきた
場合、平和協定に調印する前に、われわれは彼らにこれらのミサイルの処理を要求する。
なぜなら、われわれはミサイルの脅威の下で平和交渉を行うことを望まないからである。
中国大陸は台湾にとって、このようなミサイルやその他の設備によって脅威を構成して
いるが、中国大陸は台湾にとってチャンスでもある。一人の台湾の指導者として、どの
ようにすれば脅威が減り、チャンスが増えるかを知ってこそ、平和と繁栄を追求できる
のである」

── 総統は「台湾は戦いを求めないが戦いを恐れない」と言ったが?

 「われわれは防御力を持たなければならない。われわれはいかなる軍事行動をも阻止
できるよう小さくても強い国軍を構築しなければならない。これについては、われわれ
は国防予算が国内総生産(GDP)の3%を下回らないよう維持し、真の国家安全を守
れる国防を十分に整える。但し、われわれは攻撃に出るのではなく、戦術上は必ず防衛
に徹する」

── 企業・金融機構等の大陸投資緩和政策の措置内容は?

 「われわれは現在、緩和の範囲を一歩ずつ拡大している。例えば、われわれは企業の
対大陸投資が企業純資産の40%を超えてはならなかったものを、60%まで緩和した。同
時に来年は海外持ち出し金額の上限が一年8,000万台湾元(2億8,000万円=約200万ドル)
だったものを、一年あたり500万ドルまで緩和し、われわれの企業により自由な経営環
境を作る。なぜなら、企業が大陸に投資する必要があるかどうかは、企業自身がわれわ
れより理解しているのであり、われわれは彼らに自由な環境で決定できるようにする。
このような自由な環境ができた後、大陸投資している企業は逆に台湾に投資するように
なるのであり、これについても目下われわれがこれらの企業が台湾に戻って投資する時
代を勝ち取ろうとするものである。

 また、その他の方式として、手続き上の適用拡大や簡素化等があり、同時に重要なこ
とは、金融サービス業が大陸に投資することを認め、台湾地区の者が大陸地区の株やそ
の他金融商品を購買することもできるようにする。これによって、企業はこれらの株を
買うために資金を台湾から移す必要がなくなる。これらの開放や緩和の主要目的は完全
に大陸のために行うのではなく、台湾の経営環境をさらに自由化、国際化するためなの
である。

 このほか、科学技術の方面においては、過去は規制が厳しかったが、今後われわれは
国際間ですでに通用している「ワッセナー・アレンジメント」(Wassenaar Arrangement)を審査の基準とし、今後はかなりの緩和が見込まれる」

── 台湾の産業海外移転が国内経済に与える影響は?

 「産業の海外移転は必ずしも台湾経済にとって不利にならない。ときには有利になる
こともある。例えば、20〜30年前に台湾の紡績、玩具、スポーツ用品等の労働集約型産
業はみな大陸に移っていった。なぜかと言えば、大陸は現在これらの軽工業が発達し、
われわれ側の労働賃金や土地等の生産コストが値上がりしたからであるが、これらの産
業が移った後、それらの産業の労働者たちはどうしたのか? 当時、われわれは産業の
イノベーションを推進し、労働集約型から技術集中型または資本集中型の産業にレベル
アップさせたのである。このため、30年前の台湾の輸出品目第一位は紡績・衣料であっ
たが、現在の輸出の第一位は電子・通信周辺産業となった。これは、旧産業が去ったこ
とで新産業が興ったのであり、台湾にとっては何も悪いことではなかったのだ」

── 現在、世界で23カ国が台湾を独立国家として承認しているが、新政府はさらに多
くの国と国交樹立する計画はあるか?

 「われわれの現在の政策は国交国との外交関係を全力で守ることであり、国交国の増
加は急いでいない。なぜならわれわれは大陸と『外交休戦』のコンセンサスを達成する
こと、すなわち双方が相手の国交国の承認を奪わないということを望んでいる。このよ
うにすれば、双方は数多くのいわゆる悪性競争や資源消耗を減少させることができる。
仮にこれが実現すれば、われわれの国交国は増えないが、減ることもなく、われわれが
外国との交流を正常に回復させることができ、悪性競争の状態が避けられる」

── 実際には、台湾は多くの国交のない国々に経済文化事務所を設置し、双方の政治
および貿易関係等を促進しているのか?

 「現在、全世界に195カ国があり、そのうち台湾と国交がある国は23カ国で、大陸と
国交がある国は171カ国である。しかし、われわれは23カ国の国交国のほか、われわれ
は国交がない国にも貿易事務所を設けており、国外公館は大使館、代表処、貿易弁事処、
領事館を含めて計120カ所あり、われわれの対外関係は国交国に限定されず、国交がない
国々にも広がっている」

── 台湾が現在国際組織に属さないことによって起こる、特に医療衛生方面での影
響は?

 「台湾は現在、世界貿易機関(WTO)、世界動物保健機関(OIE)、アジア野菜
研究開発センター(AVRDC)、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、アジア開
発銀行(ADB)等、約10におよぶ国際組織のメンバーであるが、世界保健機関(WH
O)を含む多くの重要組織に参加できないことは、当然のことながら台湾に不利な影響
をもたらしている。5年前に新型肺炎(SARS)が発生した際、われわれはWHOと
連絡を取り合うことが難しく、専門家を台湾に派遣することもスムーズにいかなかった。
これは政治問題であり、人権問題でもある。われわれがもしWHOに加盟することがで
きれば、台湾の高水準の医療がこの組織に役立ち、サービスの範囲を拡大させることが
できる」

── (台湾名義による)国連加盟国民投票の結果が失敗に終わったが、新政府は国連
加盟の名称について新たな考え方はあるか?

 「われわれは国民投票が成功しなかったため、国連復帰申請の努力は、国内法の制限
を受けることになる。そこで今年の国連総会に提出した提案は、国連に『加盟』や『復
帰』という字句はなく、国連専門機関の活動への有意義な参加を提案している。この点
においてはわれわれの戦術が確かに変わった」

── 近い未来に国連に入ることが可能か?

 「それはきわめて困難だ。であるからわれわれは先に国連専門機関の活動からスター
トし、一歩一歩努力している。しかし、われわれが将来国連に復帰することはきわめて
きわめて困難だ」

                           【総統府 2008年9月3日】