台湾と靖國神社  柚原 正敬(日本李登輝友の会事務局長)

【靖國神社発行「靖國」(平成22年3月1日)】

 台湾と靖國神社の縁(えにし)は深い。その最大の所以は、台湾は明治二十八(一八九
五)年から昭和二十(一九四五)年までの五十年間、日本統治時代を経たことで、大東亜
戦争では約二十一万人が軍人・軍属として出征、そのうち戦歿された二万七千八百六十四
柱が御祭神として祀られているからだ。

 また、靖國神社の正門に当たり、両扉に直径一・五メートルにも及ぶ菊の御紋章が映え
る神門は昭和九年に竣工されている。ここで用いられている資材はすべて台湾の阿里山檜
だ。今でも、近づけば檜の香が漂ってくる。

 さらに、靖國神社では毎日必ず日章旗を掲揚しているが、大鳥居(第一鳥居)をくぐっ
た左側に、高さ三〇メートルに及ぶ、まさに天を突くと言ってよい国旗掲揚塔があり、こ
れは昭和五十一(一九七六)年に台湾軍第四十八師団復員者により寄贈されたものだ。

 因みに、台湾では朝鮮に遅れること四年、昭和十七(一九四二)年に陸軍特別志願兵制
度が実施され、同年の採用者数千二十人に対してなんと四十二万五千人も応募(倍率=四
一八倍)し、翌十八年には一千八人の募集に六十万人も応募(倍率=五九六倍)する事態
となった。昭和十九年からは朝鮮と台湾に海軍特別志願兵制度が実施され、採用者数も二
千四百九十七人に増員したため、倍率こそ三〇四倍と落ちたものの、七十六万人も応募し
ていた。中には血書嘆願した者も少なくなかったという。

 このような熱狂的と言っても過言ではないほどの志願兵への応募というのは、果たして
世界に類例があるのだろうか。寡聞にして私は知らない。

 ところが、このように自分たちの同胞が祀られているにもかかわらず、台湾の人々は靖
國神社についてほとんど知らない。知っていても、参拝する人は少ない。

 例えば、戦時中、神奈川県の高座海軍工廠で戦闘機「雷電」の生産に汗を流した「台湾
少年工」と呼ばれる人々がいる。働きながら学べるとして、台湾各地の成績優秀者が少年
工に選抜され、昭和十八年から八千四百人余が軍属の身分で来日した。不幸にも、空襲で
戦歿された方もいる。

 現在、靖國神社には台湾少年工出身の戦没者六十柱が祀られている。しかし、日本を「第
二の故郷」と慕う台湾少年工たちでさえ、桜の季節には靖國神社を参拝し、大村益次郎の
銅像の下で「同期の桜」や「台湾軍の歌」を歌いながらも、戦歿した仲間が祀られている
ことを知らなかったのである。

 それを知ったのはつい十年ほど前で、台湾少年工たちと交流を続けている野口毅氏(高
座日台交流の会前会長)の尽力による。海軍少尉として台湾少年工の寄宿舎で寝起きを共
にした野口氏が、戦歿台湾少年工の数が資料によって違っていることに気づき、靖國神社
崇敬者総代を務める小田村四郎氏から、軍属なら靖國神社に祭られているという助言を得、
靖國神社に台湾少年工出身の戦没者が祀られていることを確認したことによる。

 平成十一(一九九九)年四月、野口氏らは台湾少年工出身者とともに初めて?國神社に
昇殿参拝している。その後、彼らは来日するたびに参拝しているという。

 台湾の人々が靖國神社について知る最もおおきな出来事はさらに後で、李登輝元総統が
平成十九(二〇〇七)年の来日時に参拝されたことに求められるだろう。

 実兄が祀られる靖國神社に遺族として初めて参拝した六月九日、境内は早朝から報道陣
や歓迎の人波であふれ、上空には数機のヘリコプターが舞うという騒然とした雰囲気の中
に、静かな緊張感が漲っていたことを思い出す。

 李氏は曾文恵夫人や作家の三浦朱門・曽野綾子夫妻などを伴って到着し、応接室に通さ
れると、南部利昭宮司に「兄貴と僕は二人兄弟で仲がよかったんです」と話し始め、「父
は兄貴が死んだことを死ぬまで信じませんでした。気になって気になって仕方がなかった。
今日、六十数年ぶりにやっと兄貴の慰霊ができます。ありがとうございます」と、くぐも
る声で、目を潤ませながら静かに語った。隣室に控えていた私は込み上げて来るものを抑
えられなかった。昇殿参拝が終わって応接室に戻ってくると、李氏は南部宮司に「長い間
お世話になりました」と頭を垂れた。

 後日、南部宮司はそのときの思いを「歓談の中で李登輝先生の靖國に対する想いという
ものを改めて感じた」とつづり、「お帰りの際には、神社から差し上げた岩里武則命(台
湾名・李登欽)の『祭神之記』をしっかりと胸に抱いて行かれたのが印象的でした」(『李
登輝訪日・日本国へのメッセージ』)と述べている。

 実は、この李氏の参拝には伏線があった。前年二月、南部宮司は日本李登輝友の会主催
の天灯ツアーに参加して台湾を訪問している。靖國神社の宮司として初の台湾訪問だった。

 このとき、台湾李登輝之友会が催した春節(旧正月)祝賀宴に参加し、「老台北」で知
られる蔡焜燦氏の導きにより、祝宴前にホテル内の別室で李氏ご夫妻とお会いしていた。
会見の内容は詳らかではないが、靖國神社宮司との会見が参拝を促したことは想像に難く
ない。

 李氏の靖國参拝は台湾でも新聞やテレビで大きく報道され、これ以降、靖國を参拝する
台湾の人々がかなり増えたようだ。

 例えば、昨年八月、NHK「JAPANデビュー」問題で来日した台湾の原住民、パイ
ワン族出身の医師、李文来氏や、十月に来日してNHKを提訴した同じパイワン族出身の
華阿財(元牡丹郷郷長*郷長=村長に相当)、包聖嬌(華阿財夫人)、李新輝(元春日郷
郷長)、洪金蓮(李新輝夫人)の四人も、来日直後に参拝している。いずれも初めての参
拝だった。

 李登輝元総統を尊敬しているという李文来氏は八月十二日、パイワン族の衣装を身にま
とい、念願だった昇殿参拝に臨んだ。参拝後、「僕たちは高金素梅と違って、私たちの祖
先が祀られている靖國神社にちゃんと参拝したいと思っています」と言った氏の晴れやか
な笑顔は印象的だった。

 華阿財氏たち四人の参拝は十月六日だった。華氏と李氏の叔父が高砂義勇隊として出征
し、共に戦歿していたことから、ぜひ参拝したいという意向だった。やはりパイワン族の
衣装を身にまとって昇殿参拝したのだが、夫人たちの目は境内に入ったときから潤みはじ
めていた。

 参拝後、応接室に戻って涙をぬぐいつつ「私たちは高金素梅とは違う。台湾の原住民は
あのような騒動を好まない」「靖國で私たちの先祖にお会いした。大切にお祀りされてい
ることを知り感激した。これで安心して故郷に帰れる」などと話すのを聞き、台湾でもお
祭りを大事にし、守り続けるパイワン族の人々は今でも魂の存在を感じることができるの
ではないかと、心を打たれた。靖國神社を去るとき、夫人たちが正殿に向かって深々と頭
を垂れ、大きく手を振って別れを告げる姿は、まるでそこに彼らの祖先が佇んでいるよう
な仕草だった。

 後日、靖國神社から華阿財氏と李新輝氏の叔父に関する御祭神調査の結果が届き、華氏
の叔父は高木香という日本名で祀られていることが判明した。残念ながら、李氏の叔父は
確認に至らなかったが、大東亜戦争終結からすでに六十五年も経とうとしているのだ。台
湾出身戦歿者の場合は、その兄弟ならまだしも、年下の甥や姪の世代では日本語を話せな
い場合も少なくなく、所属していた部隊名や戦歿した年や場所、あるいは当時の本籍地な
どを正確に知っていることは期し難い。ましてや、異国となった日本にそうそう来られる
わけでもない。

 昭和十三年生まれだという華氏は日本語を話せる日本語世代に属するが、それでも普段
は日本語を使う機会はほとんどないという。夫人は日本語を話せない。今後、台湾出身戦
歿者の新たな御遺族を探し当てるのはかなりの困難が伴うことは確実だ。

 日本李登輝友の会では毎年十二月に「台湾出身戦歿者慰霊祭」を靖國神社において斎行
している。昨年で五回目となる。台湾出身戦歿者を対象とした靖國神社での慰霊祭は、恐
らく初めてのことと伺っているが、私どもの今日が戦歿者の尊い犠牲の上にあることを忘
れないようにし、日本と台湾の深い結びつきは台湾出身御英霊からの賜り物であることに
思いを致し、感謝と報恩の誠を捧げる場としている。

 この慰霊祭に、できれば台湾の御遺族をお招きしたいと考えている。それが新たな御遺
族の発見につながることを期待するからである。

 また、台湾には台湾出身戦歿者を祀る宝覚禅寺があり、李登輝氏が総統のときに揮毫し
た「霊安故郷」碑が建立されている。この慰霊碑の建立には日本人も協力している。そこ
で、靖國神社と宝覚禅寺が姉妹交流できないものかと密かに考えている。

 国交のない日本と台湾において、姉妹都市交流を結んでいるのは岡山市と新竹市、仙台
市と台南市、八王子市と高雄市など十六自治体に及ぶ。秋田の田沢湖と高雄の澄清湖の姉
妹湖の例もある。戦歿者をご縁とした姉妹交流が日台間にある方がむしろ自然である。台



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