世界一親日国家への無策 [神奈川李登輝友の会 石川 公弘]

外登証や運転免許証の国籍欄を「台湾」に

【1月18日付 ブログ「台湾春秋」より】
http://blogs.yahoo.co.jp/kim123hiro/archive/2007/1/18

 行動する評論家として定評のある宮崎正弘氏が、正論2月号に、「台湾は再び中華社会に
引き戻されるか」を書いている。著者はそこで、台湾親日派の激減に無策な日本を憂えて
いる。極めて共感するところであり、要約しコメントしたい。

 「台湾における親日派が激減している。親日派のカリスマ的存在である李登輝前総統が
、日本で英雄視されるのは、戦後日本の政治家に、旧教育勅語時代の“求道家”が不在だ
からである。李登輝を囲む“台湾団結連盟”(蘇進強主席)には、極めつきの親日派が目
立つ。

 台湾独立運動のカリスマ的存在である許文龍、辜寛敏(前総統府顧問)や彭明敏(アジ
ア太平洋連盟理事長)、黄昭堂(台湾建国独立連盟代表)、羅福全(前駐日代表)らは、
多くが日本留学組みで、流暢な日本語を使い、日本の伝統文化への理解も深い。

 辜寛敏氏といえば、蒋介石独裁時代に長らく日本にあって、台湾独立運動を物心両面で
支えてきた人物である。台湾へ帰還してからも、歯に衣着せぬ物言いで知られ、現在は鹿
港民族文物館会長を兼務、経済評論家として著名なリチャード・クー氏の父親である。

 その辜寛敏氏は、今回の陳水扁スキャンダル疑惑で、李遠哲博士(ノーベル賞受賞者)
の“陳総統は事態を深刻に受け止め、総統職の辞任を真剣に考えるべきだ”という公開状
を強く批判し、“井戸に落ちた人に石を投げたようなもの”と痛罵した。まだまだ元気だ。

 台湾大学教授時代に、独立綱領を起草して米国へ亡命した彭明敏氏は、1996年に総統選
挙に立候補して李登輝に惜敗した。いまも台湾独立陣営では、思想的影響力を保持し、言
動が注目されている。

 これら日本語世代は、70〜80歳代に差しかかっており、もはや表舞台からは退場半ばの
状態で、台湾における現在のリーダーの多くは、日本語をしゃべることができない。

 台湾の若い世代は、基本的に親日派が多いが、70歳以上の日本語世代が持つ懐旧、憧憬
など繊細な心情はなく、日本より米国へ留学したがる。あと5年もすると、世界でも珍しか
った“親日国家・台湾”において、従来の親日度は急速に冷え込むことになるだろう。無
策日本よ、それでよいのか。」

 日本は怒る相手に、例えば中国人や韓国人には平身低頭してきた。逆に日本を評価する
相手に、例えば台湾に対しては、むしろ冷たく対応してきた。だが、無策と言われる日本
も、ここにきて僅かに動き出した。どの国よりも早かった台湾人へのノービザ施策である。
反応は極めてよかった。台湾人は日本の好意に素直に反応した。中韓への牽制にもなる。

 台湾人の今の不満は、外国人登録証明書や運転免許証の国籍欄に「台湾」でなく、「中
国」と記入されることである。彼らは、犯罪者や密航者の多い中国人と、同一視されたく
ない。

 この点で、世界一の親日国・台湾を維持するために、日本は決断すべきである。漢字で
「台湾」と書き難かったら、諸外国並みに、「TAIWAN」と記入したらよい。日本だ
けが目の敵にされる理由はない。

*石川公弘氏は、本会理事、神奈川李登輝友の会支部長、高座日台交流の会事務局長、石
 川台湾問題研究所所長、元大和市議会議長。