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映画の縁、人の縁〜台湾を撮り続けて  酒井 充子(映画監督)

【nippon.comコラム:2018年3月18日】https://www.nippon.com/ja/column/g00511/

◆良縁に恵まれた台湾での映画製作

 年明けに台湾・新北市の蕭錦文(しょう きんぶん)さんに会いに行った。蕭さんは、私が初めて監督した映画『台湾人生』(2009年)の登場人物の一人で、今年4月で92歳。台湾が日本統治下にあった時代に青少年期を過ごした5人に取材したが、今も健在なのは蕭さん一人となった。初めて会ったのは07年。映画完成のめども立たないまま台湾取材を続ける中、娘を心配する両親を誘った台湾旅行でのこと。総統府の見学コースを案内してくれたのが蕭さんだった。この偶然の出会いをきっかけに話を聞かせてもらうようになった。

 蕭さんは第二次世界大戦でインパール作戦に従軍した元日本兵で、戦後、27歳のときに一つ年下の弟を白色テロで亡くしている。私は日本人として知っておかねばならないことの多くを、台湾のおじいちゃん、おばあちゃんたちに教えてもらってきたが、蕭さんの人生には、戦前の日本がしてきたこと、戦後の日本がしてこなかったことが凝縮されている。

 今年1月、拙著『台湾人生』が文庫化された。蕭さんのところへ行ったのはその報告も兼ねてのことだった。映画公開から9年。単行本刊行から8年。東日本大震災の際、多額の義援金が寄せられたことを経て、以前よりずっと台湾が近くなった今だからこそ、読んでいただきたいとの思いがある。私自身はこれまでに台湾を舞台にしたドキュメンタリー映画を4本作ってきたが、さまざまな縁に恵まれてここまできた。その歩みを振り返りたい。

◆台湾映画と台湾のおじいさんとの出会いから始まった映画人生

 私の映画人生は、1本の台湾映画と一人の台湾人のおじいさんとの出会いから始まった。初めて台湾を訪れたのは1998年夏のことだった。きっかけは蔡明亮(ツァイ・ミン・リャン)監督の映画『愛情萬歳』。台北で暮らす男女3人の若者の孤独を描いた作品で、当時登場人物たちと同世代の20代後半だった私は大いに共感するとともに、スクリーンを通して伝わってきた街のざわめきをじかに感じてみたいと思った。

 当時、新聞記者として函館にいた。同年3月に台北との間にチャーター便が就航したばかりで、台湾からの観光客が劇的に増えていたこと、前年に函館の国際交流センターのホームステイプログラムで台湾からの留学生を受け入れていたことも、台湾を身近に感じる誘因になっていたかもしれない。そんなこんなで、どうしても映画の舞台である台北に行ってみたいと思ったのだ。

 ロケ地を訪ねるという無邪気な一人旅だった。『愛情萬歳』のラストシーンで主人公が号泣する公園のベンチに座ってみたり、初めての屋台ではしごしたり。そうだ、せっかくだから学生時代に見た『悲情城市』(侯孝賢(ホウ・シャオ・シェン)監督)の九份にも行こう。かつて金鉱で栄えた街をひとしきり歩き、台北に戻るバスを待っていたときに流ちょうな日本語で話し掛けられた。「日本からですか?」。70代ぐらいの小柄な男性だった。バス停にいるわたしが日本人だと分かり、近くの家からわざわざ出てきたという。公学校(小学校)時代にかわいがってくれた日本人の先生に今でも会いたいと話してくれたが、バスがやってきて話の途中で別れてしまった。

 最後までゆっくり話を聞かなかったことがずっと心残りで、2年後にそのおじいさんを探しに行ったが会うことはできなかった。戦後50年以上たってなお、恩師を思う人が台湾にいることを初めて知り、自分の無知を恥じるとともに、日本統治下で暮らした人々の思いを知りたい、伝えたいと思った。振り返るとあの出会いからもう20年になる。今では日本語を話す世代が高齢化し、街なかで話し掛けられるということはほとんどなくなった。

◆函館で出会った映画人の影響から、映画製作の世界に入る

 映画で台湾を伝えようと思うようになったのは、函館で出会った映画人たちの影響だった。現在の函館港イルミナシオン映画祭の前身となる映画祭が毎年行われており、取材を通して映画祭に集う監督やプロデューサーの話を聞くうち、映画が見るだけのものから作る対象へと変わっていった。映画に挑戦したいという気持ちが日増しに強くなった。

 2000年春、30歳で新聞社を辞めて映画の世界に入った。その年の夏、函館の映画祭主催のワークショップでドキュメンタリー映画の小林茂監督と出会ったのを機に、重症心身障害児(者)施設を追った『わたしの季節』(04年)に取材スタッフとして参加することになった。02年、この現場で撮影助手だった松根広隆氏と出会う。彼は日本映画学校の卒業制作作品でいきなり劇場デビューした大先輩なのだが、同い年の気安さもあり、「将来、台湾を撮るから、そのときはよろしく」と声を掛けた。その5年後、『台湾人生』の撮影で台湾を一緒に走り回っていた。以後、最新作『台湾萬歳』まで全ての作品で撮影してくれている。

 映画の宣伝や撮影現場の仕事が一つ終わる度に台湾へ飛んだ。週末や旧正月などの連休のときは電車の座席が全く取れない。駅の窓口で「無座」と書かれた切符を渡されてがっかり。初めのうちはスーツケースや床に敷いた新聞紙に座ったが、車窓を流れる濃い緑や青い空、白い雲たちが気分をなごませてくれた。そのうち、空いている席に滑り込むすべを身に付けた。そうやって台湾を何周しただろう。下車して駅前のお店に入っていく。「日本語を話せる人いませんか?」と日本語で尋ねると、本人は話せなくても、必ず家族や近所に日本語を話すお年寄りがいて、そういう人を引っ張ってきてくれた。

 取材を始めたころ、あるお宅にお邪魔したら、いきなり「ごはん食べましたか?」と聞かれ、反射的に「いえ、まだです」と答えてしまった。結果、おいしい手作りの水ギョーザをごちそうになることに。赤面。台湾初心者の皆さま、「ごはん食べましたか?」は台湾語で「ジャパーボエ」、通常「お元気ですか?」というあいさつの意味で使われます。ただのあいさつなので、くれぐれも「まだです」などとやぼな返事はなさらぬようお気を付けください。

◆私がやめたら彼らの声が届かなくなる

 本格的に台湾取材を始めて6年目の2007年春、文化庁の助成金を得ることが決まり、資金のめどが立ったわけだが、それまではただひたすら台湾へ通い、人に会って話を聞くという作業を一人で続けた。途中何度も諦めかけた。それでも最後まで続けられたのは、ひとえに取材を受けてくれた人たちへの責任感だった。日本人の自分が日本語で尋ね、日本語で答えてもらう。その条件の中だからこそ、出てきた言葉があったはずだ。私がやめてしまえば、彼らの声は誰にも届かなくなってしまう。ただその一点だった。

 映画、特にドキュメンタリーでは、撮影、編集などほとんど全てを一人でこなしてしまう監督がいるが、私にそんな才能はない。優秀なスタッフの力をいかに作品に結集させるかが私の役目だ。撮影した素材を編集し、最後に音の仕上げをする。音楽も最後の段階で付ける。ギタリストの廣木光一氏とは、氏が『わたしの季節』の音楽チームに参加していた縁で知り合った。『台湾人生』の音楽をお願いするとき私が伝えたのは、「ギター1本で、台湾への愛を込めて」ということだけだった。見事に応えてくれたことは、映画が証明している。

 ところで、函館の新聞記者時代にホームステイで受け入れた留学生の黄碧君(ファン・ビ・ジュン)氏とは2010年、『台湾人生』の上映会に彼女が駆け付けてくれて13年ぶりに再会を果たし、今も交流を続けている。彼女は翻訳家として「舟を編む」(三浦しをん著)を手掛けるなど活躍中で、日本人の夫と東京で暮らしている。

 冒頭の蕭さんに戻ろう。2年前に自宅で転倒して腰の骨を折り、つえなしでは生活できなくなった。外出するときは車椅子を押しながらゆっくり歩く。近くのレストランに案内してくれる道すがら、「そろそろかえる準備をしなくちゃ」と言う。台湾のこの世代は日本語で話すとき、あの世へ行くことを「かえる」と表現する。「まだまだお元気ですよ」と返しながらも、蕭さんの年齢を考える。あとどれだけのものを彼から学ぶことができるだろうか。

 映画には人を動かす力がある。人との出会いもまたしかり。私の場合はそれが台湾とつながった。皆さんはこれまでどんな映画と、人と出会ってきましたか。そしてこれから、どんな出会いをするのでしょうか。

               ◇     ◇     ◇

酒井 充子(さかい・あつこ)

山口県周南市生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。メーカー勤務、新聞記者を経て2009年、台湾の日本語世代に取材した初監督作品『台湾人生』公開。ほかに『空を拓く−建築家・郭茂林という男』(13)、『台湾アイデンティティー』(13)、『ふたつの祖国、ひとつの愛−イ・ジュンソプの妻−』(14)、『台湾萬歳』(17)、著書に「台湾人生」(光文社)がある。「いつ日本に帰化したんですか?」とよく聞かれる。故郷と台湾の懸け橋となるべく奮闘中。


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