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――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(16)中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

【知道中国 1760回】                       一八・七・仲五

――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(16)

中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

 吉林を発し長春経由でハルピンへの道すがら利用したロシア経営の東清鉄道について、「露國式は單り軌道の廣くして客室の大なるに現れたのみならず、其北滿に於ける諸般の經營は、萬事に之に準じて日本の小賢しきを冷笑するに似たり」と綴り、日露戦争に破れた後のロシアの方策の見事さを述べた後、「不幸にして日本は外交的手腕の鮮やかならざりし爲、戰勝國の利�は殆ど収むること能はずして、其不人氣のみは全部繼承するに至りたり」と、日本外交の拙劣さを批判する。

 中野が説くところでは、ロシアは日露戦争の敗因を満州に利害関係を持つ「列國の同情を失ひたりし」点に求め、かくして戦後は「先ず滿洲に於て、總て支那を始めとして列國の猜疑の眼を光らすが如き行動は、思ひ切りて之を中止」する一方、自らの「從來の不人氣を擧げて、之を戰勝國たる日本の頭上に轉嫁せんと企てたり」。

 たとえば満鉄沿線では満鉄(政府)、都督府(陸軍)、領事館(外務省)が事細かい規則を設けて日本人を規制し、彼らの自由な活動を阻害するばかりだ。ところが日本人が「足一たび我勢力範圍を出でゝ、甞て敵國たりし露國の市場に入り込むや」、土地の所有権はもちろん行政権まで認められる。現にロシアの勢力圏の中心たるハルピンでは「日本人支那人も其他の外国人も、公權上私權上總て露國人と同等にして、哈爾濱市會には支那人の議員も有れば、日本人の議員も有るなり」。かくして「善良にして敢爲の氣ある我が同胞は、衆口一致して哈爾濱に於ける露國の寛大を頌へつゝあり。斯くして外國人を滿足せしむる所以は、畢竟露國自らを利する所以なり」。

 だが、だからといってロシアが東方への関心を棄てたわけではない。満洲方面ではハルピン以北の経営に重点を置く一方で、蒙古にみられるように「他の目立たざる方面に於て、大膽なる活動をなし、捲土重來の基礎を作りつゝあるに至りては、吾人同胞の大に注意を要するところなり」。

 中野の記す所を敷衍するなら、日本は日露戦争勝利に浮かれロシアの意図を読み違えるばかりか、満州でも日本式縦割り行政が改められず省庁間の縄張り意識を振り回す一方で、「善良にして敢爲の氣ある我が同胞」の行動を規制して“民間活力”を殺いでしまう。これに対しロシアは日露戦争の敗因を分析し、融和・平和ムードを振りまきながら捲土重来を策す、といったところだろう。やはり昔も今も失敗のみならず成功から学ぶことが、日本人は不得手なのだ。

 ハルピン着後、馬車に乗る。顔の半分が立派な髭のロシア人馭者は「支那人の如くペコペコせざる所は、甚だ傲慢なるやに見ゆれども、規定の賃金を拂へば、高くハラショーと呼び、嬉しげに一笑して去る」。じつに「支那人の如く、五十錢を與ふれば六十錢を要求し、一圓を與ふれば一圓五十錢とつけ上る狡猾氣なき也」。やはりハルピンでも、彼らは「狡猾氣」を漂わせていたわけだ。

 「役人離れせし態度」の本多総領事の招待宴を終え、中野は馬車を駆ってハルピンの夜景見物に出かける。「日本人町の夜景は醜業婦が豚小屋を聯ねたる中に蠢動せるもの、慘酷、汚穢、其前を馬車にて通過せしのみにて嘔吐を催せり」。

 次いで「所謂五色の酒を酌みながら、夜もすがら美人の踊りを見る處」へ。「踊りを終えたる美人等」は舞台から降りて「紳士等と喃々す、其の喃々は勿論喃々料金を徴する」。「外蒙の野に活躍する露國人は、實に雄々しく見」えるが、こちらの「ロスキーは、眞にだらしなき者共なり」。かくて中野は「露西亜は大國なりとて一から十まで恐るゝに足らず、褌締めて取り組めば、小兵の日本にても必ずしも敗れざるを得」と綴るのであった。《QED》

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