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――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(12)中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

【知道中国 1756回】                       一八・七・初七

――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(12)

中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

 合弁で着手した吉長線の建設において満鉄側は満鉄の基準で延伸を目指すが、「支那總辨」は自己の都合を持ち出すのみ。最後には、そこまでいうなら満鉄側で「(支那側の)一萬哩の既設鐵道を破壊して、之を滿鐵式に改め」るべきだとまで言い張る。じつは最初に定款を作る際に失敗していたのだが、当事者である「我外務當局は、彼が斯の如く傲慢なる應答に對して、一言も返すべきを知らず、以て不便の儘今日に及」んでいる。

 万事が自己本位で都合が悪くなると「有耶無耶」に終始し、時に「空威張りの言辭を弄」す。冷静に考えれば双方共に損にしかならないのに、「彼は自ら犠牲を拂ひても、我に損失を與へんとするものゝ如く」であり「其不便測る可からざるものあり」・・・ヤレヤレ、である。昔も今も。

 「最近我國は滿蒙五鐵道の布設權を獲得した」などと「山本内閣は俄に得意の色」をみせるが、はやり「其條件に至りては甚だ曖昧」だ。じつは相手方は「其名義を日支合辨とすべし」と主張するが、資材は日本が提供しろ、技術者は日本が雇え、借款の金利は超低めに設定せよと主張する。「斯の如き鐵道を布設して、支那人に勝手放題に振舞はれ、鐵道に沿ひて我國民の土地所有權を得ざるは勿論、居住さへ覺束なかるべき愚を見んとして、猶も得意の色ある我外務省は、精神全く錯亂せるに非ざるか」。こう記されると、「精神全く錯亂せるに非ざるか」は、21世紀初頭の今日まで脈々と受け継がれる「我外務省」の伝統と考えざるを得なくなるから情けない。「精神全く錯亂せる」は「我外務省」の病理、いや業病、はたまた宿痾なのか。どちらにしたところで不名誉極まりないだろうに。

 中野は議論を一歩進める。

 「序でながら合辨々々と稱して支那と取組みさへすれば、以て經濟的發展を成し得べしとなす我政府者の蒙を啓き置くべし。合辨は固より不可なけれど、合辨の後方に信用を有し、合辨の協約に十分の權利を確保せざれば、支那人との共同事業は悉皆失敗に終わるべし」。その証拠に、「今日までの日支合辨にて成功せるものは一として是なしと言う」ことができる。吉長線が「其好例なり」。

 最悪の一例として鴨緑江採木公司を挙げる。同社は資本から役員まで折半としたところ、役員も上から下まで2人。ということ半数はムダなのである。そのうえ「支那人の猜疑心、利己心は遺憾なく〔中略〕發動し、我にして一人出張せしむれば、彼も亦同時に一人を出張せしめて、以て出張員を監視し、併せて旅費の請求」まで行う始末だ。

 「合辨事業の前途有利なるを説くもの」があるが、彼は「利權云々を口にして已まざる國民なれば」、「彼の勢力毫も事業の上に行われ」ない。経験からすれば、やはり「支那人が事務に關與する程度に反比例して、成功の見込みを増減せらるべし」である。

 これを要するに「支那人を交ふれば必ず悲境に陷り、全然支那人に委ぬれば必ず失敗す」。じつは「中華を以て誇りとする支那人、個人の商業道徳に於ては實際中華の名に背かざる支那人も、公共的事業に對しては全く能力なきものゝ如」し。だから「凡そ事の公共に關する限りは出來得るだけ誤魔化して出來得るだけ己を利せざれば已まざらんとするものゝ如し」。

 「斯の如く支那人に合資合力上の經營の能力なし」であればこそ、合弁を掲げても「其實權全く我手」に掌握しない限り、「合辨事業の前途は頗る悲觀すべきに非ずや」。

 彼らの性向から考えるなら合弁事業に手を出すべからす――中野の主張は、以後現在に至るまでの数々の合弁事業が傍証している。やはり「利權云々を口にして已まざる國民なれば」、「支那人が事務に關與す」ればするほどに大損害を被るのは日本側なのだ。《QED》

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