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――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(1)中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政敎社 大正四年)

【知道中国 1745回】                       一八・六・仲四

――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(1)

中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政敎社 大正四年)

 中野正剛(明治19=1886年~昭和18=1943年)について敢えて多くを語る必要はなかろう。ただ『我が觀たる滿鮮』を世に問うた頃は、「内に民本主義、外に(反アングロ・サクソン的)帝国主義」を抱いていたといわれている程度は記しておきたい。

 福岡生まれで早稲田大学卒。東京朝日新聞記者として出発した後に東方時論に拠って護憲を説く。大正9(1920)年に無所属で代議士初当選。憲政会から民政党を経て国民同盟に転じ、二・二六事件以後は党首として東方会を率いる。日米開戦後、戦争遂行方針をめぐって東条内閣と対立し、やがて倒閣嫌疑で逮捕される。釈放後に割腹自殺。

 冒頭に掲げられた「自序」は、「足跡曾て本國の外に出でざる者は、正當に帝國の東亞に於ける地位を解し難し。新領土に定住して内地の事情に疎き者は、往々にして本國の實力を顧みずして、對外的妄想に馳せんとす。余は内地に在りては、常に紛々たる政界の現状に憤りしが、更に一年有半滿鮮の野に放浪するに及びて、著しく我對外發展の遲遲たるを憂ふるに至れり。内政革新せられざれば、海外の地歩、何によりてか之を伸ばさん。海外の地歩伸びざらんかは、帝國は東海の一孤島に屏息するの外なきなり」と書きだされる。

 『我が觀たる滿鮮』はここに記された「一年有半滿鮮の野に放浪」した折の思いを綴ったものだ。併合以後の朝鮮情勢を論じた「總督政治論」、朝鮮半島唯一の大会社である東洋拓殖会社を論じた「今後の東拓會社」、内地と朝鮮の一体化を論じた「同化政策論」、「滿洲遊歷雜錄」、「如何に大鉈を振ふ=滿鐵と官僚及政黨」、「大國大國民大人物=滿蒙放棄論を排す」、「一瞥せる朝鮮の地方」で構成されている。朝鮮関連も重要だとは思うが、ここでは残念ながら割愛し、やはり「滿洲遊歷雜錄」、「如何に大鉈を振ふ=滿鐵と官僚及政黨」、「大國大國民大人物=滿蒙放棄論を排す」を扱いたい。

 だが、「同化政策論」に収められた「殖民的能力乏しき國民」と題する一項は、当時の日本人の朝鮮・満州の人々に対する振る舞いを、中野がどう考えていたのかを知るうえで重要だと思うので、「滿洲遊歷雜錄」に入る前に一瞥しておく。

 中野によれば日本人は「數千年來島帝國に割據せし國民」であり、「一種の攘夷思想」を持っている。それは「偏狭なる白人の有色人種に對する如き」もので、現地人を搾取・掠奪して当たり前とする。「朝鮮に於ける實例」の1つが「内地人の鮮人に對する言語」だ。日本人は「如何なる朝鮮人に對するも、一律に『ヨボ』と呼び捨つるを常とす」。元来、それは「呼び掛けの言語にして、決して侮辱の言に非ざ」るが、「内地人の朝鮮人に對する時は」、必ず「一種侮蔑的強迫的意味を含」んでいる。

 朝鮮人との間で意思疎通を欠き言語不通になるや、「内地人は必ず『ヨボ』に次ぐに『馬鹿』『野郎』『イヌマ』等の語を以てす」。それは「白人が劣等人に對し『ビースト』『ドツグ』等の語を連發すると異な」らない。だが「朝鮮人と雖も、劣等なる賤民もある代りに、高尚なる篤学の士も少なからず」。「徳行家のあれば、人に敬はるゝ舊家もあ」る。にもかかわらず彼ら朝鮮人を「一律に『ヨボ』『イヌマ』にて叱り飛ばすは、甚だしき亂暴なり」。

 こういった日本人の「唯本國の權威を濫用して」の理不尽な行為は断じて「決して同胞終局の利益となるもの」ではなく、廻り回って必ずや「彼我の反目を招き、我も利せず、彼も利せず、遂に他の野心ある國をして、其間隙に乘せしむるに至るなり」。であればこそ、「今此種の誤れる威嚇手段を取りて、之を朝鮮人滿洲人を操縦する唯一の手段なりとする」は「謬見」である。「然るに今日の所謂對支政策家、海外發展論者にして、此謬見を抱く者は決して少なからざるなり」。かくて「此謬見を抱く者」を「植民的能力なき國民として、列國との角逐に敗北すべき運命を有する者なり」と、中野は糾弾する。《QED》

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