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――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(7)中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

【知道中国 1751回】                       一八・六・念六

――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(7)

中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

 「關東州と、州外の鐵道附屬地と、附屬地以外の開放地」の3地を満鉄(政府)、都督府(陸軍)、領事(外務省)の三頭政治で押さえるという縦割り行政――組織が屋上屋を重ねるように膨らめば、人員もまた肥大化する。費用対効果は最悪である上に、往々にして営利事業にまで手を出す始末――だから、まともな経営が出来ない。「然らば斯くの如く重複せる機關を統一して、斯の如く過剩なる冗員を淘汰するには、是を如何すべきか」。そこで中野は、「吾人は復根本に反りて、我政府の根本方針の確定を叫ばざるべからざるなり」と。

 このように中野の主張を追ってみると、根本方針を定める――とりもなおさず全体状況を把握し、利害得失・費用対効果を慎重に比較検討しながら自らの位置を見定め、変化する全体状況のなかで自らに有利な新しい状況を作り出す――ことが、政府だけではなく、じつは日本人そのものが不得手ということだろうか。これをいいかえるなら戦略なきナマクラ戦術であり、兵は強いが指揮官はダメという辺りに帰着しそうだ。

 中野は現地で「床次鐵道院總裁の巡視に對する、滿洲三機關有力者の態度」を眼にして、「三機關の統御し易き」ことを悟る。それというのも床次の持つ日本の最上層における隠然たる影響力を前にして、三機関の長と雖も従順忠実な部下の如く振る舞っていたからだ。かくて「眞に内閣の方針を確立し、之を示して違ふなからしむるの内命あるに於ては、何ぞ三頭政治の統一難を嘆ぜんや」。つまり「由來權力なる鞭影をだに示さば、官吏の從順なるは猫の如きなり」と。やはり「三頭政治なるものは」、「本國政府の源に不統一の存するありて、其影の末流に映ずるに外ならざるなり」ということだ。

 やや蛇足だとは思うが、「權力なる鞭影をだに示さば、官吏の從順なるは猫の如きなり」の指摘について心当たりのある思い出を記しておきたい。

ある年の暮れの夜11時近く、東京駅で電車に乗った時のことである。中年と思しき4,5人の2グループが騒ぎ出した。双方共にアルコールが回っている風情で、どうやら空席の取り合いが原因らしい。互いが掴みかからんばかりの勢いで口角泡を飛ばせ、相手の非を詰っている。ところが互いに相手が霞が関の住人であることに気づいたようだ。そこで片方の年長と思しきが名刺を差し出すと、片方のリーダーらしきも名刺を取り出す。喧嘩に名刺とは奇妙な取り合わせだと思うが、「權力なる鞭影をだに示」すのが当時の霞が関における“喧嘩作法”だったのか。互いに名刺を見た瞬間、勢いの良かった方が引き下がりしぶしぶ別の車輌に移っていった。かくて残った方は“戦果”を誇るかのように椅子に腰を下ろして呵々大笑・・・やはり官界というところでは、「權力なる鞭影」は無敵らしい。

 中野は「三頭政治の統一方法に就て」さらに考えを進める。

 「無能なる都督府と、優柔なる領事とは、之を廢止し」て満鉄に一本化せよとの考えがある。だが満鉄の諸事業を仔細に検討するに、じつは「居留民の不平を招くの類枚擧に遑あらざるなり」。つまりは「其發展の?末は世人の往々想像するが如く、光輝あり、非難なきものに非ず」。特許会社たる満鉄は「行政權をすら純潔に行ひ難きを知るべ」きであり、加えて「我國の如く會社の組織せらる所、必ず暗�方面の模索せられざる可からざるが如き、社會状態にありては、特許會社に諸種の權能を持たしむるを不可なる、固より明白なるものあり」である。

 満鉄は巨大で事業も多岐に亘っているから「少々の腐敗、少々の失態を重ぬるも」、簡単には倒産しない。そこで中野は「獨占的商業會社の政治は、恐らく如何なる國に取るも最惡の政治也」とのアダムスミスの言を引いて、満鉄に「三頭政治を統一する政治上の權能を有せしむるが如きは斷じて不可なり」と結論づけた。では、どうすべきなのか。《QED》

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