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――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(5)中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

【知道中国 1749回】                       一八・六・念二

――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(5)

中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

 三頭政治の行われている関東州と満洲は、じつは「既に支那の領土にあらず、又日本の領土にあらず、是れ實に一種の變態の下に在る土地なり」。しかも「支那も亦後日自己の領土として之を保有すべき實力なく、日本人にも亦敢えて之を永遠に領有せんとするの決意なし」。つまり関東州と満洲は現在も将来も誰のものでもない“宙ぶらりん”の状態が続く可能性が大であり、将来にわたっても所有者が定まらないから「變態」というわけだ。

 日本においても「我帝國に百年の大計を抱きて、斷じて之を實現せんと努力するの政治家」が見当たらない以上、出先機関が次々に設けられはするものの結果として「無定見の數を盡して、一般居住者の非難の中心となるのは自然の勢ひ」というものだ。

 一般に日本では「關東州とは、〔中略〕露西亜の租借權を繼承して、我國の租借する所」であり、「南滿は最近に我國が露西亜と協定して、内蒙と共に我勢力範圍に置きたる所」であり、「此勢力範圍内を貫」く南満鉄道が「我國に屬する期間、之も滿鐵の支配下に在るものなり」と説明されている。租借地というからには「条約の文面に指示するが如く、年限經過後、文句なしに支那に返却すべきものなるか」。そこで中野は、そんな安易な考えでよいのか、と疑問を呈す。

 中野は「租借なる語は、歐洲と清國とが始めて條約を締結せる以來、清國の土地に表示する外國人の私權(事實上所有權に等しき)を表示する通語となり居れり」とのドイツによる解釈を援用しながら、租借地・関東州に対する日本当局の腰の定まらない対応を批判する。だから関東都督府にしても満鉄にしても、将来にわたる確固たる方針が打ち出せない。「我消極的政治家の中には此滿蒙に於ける我の無形の權利」を放棄せよ、「鐵道及び鐵道沿線附屬地に於ける、有形の權利すら他に讓り渡」せと主張する者がいる始末だ。

 たしかに満蒙における日本の地位を保持することは困難ではあるが、「國勢の均衡上一歩も退く」ことは出来ない。それというのも日本が退いたと「同時に進み來る一國あ」るのみならず、列国係争の地になることは火を見るより明らかだ。満蒙を棄て南方に転ずべきだとの主張も聞かれるが、「南北と東西とを論ぜず、抵抗力乏しき所に向つて發展し行くべき」が国際政治の現実だ。だから日本が北方を棄てたら、「列國若くは或國は安んじて北方を奪」うだけでなく、余勢を駆って日本の南方進出を抑えにかかる。満蒙を棄てたら、「地勢上朝鮮も抛棄せざる可からず」。かくて「宛かも大氣の低気壓區域に向つて流動し來るが如く」に「島帝國」に攻め寄せることは明かだ。いわば日本はノー天気に内向き志向を続けていたら「列國若くは或國」がまるで飢えた猛禽のように日本に襲い掛かって来るに違いない、ということだろう。

 「南下せんとする露國の力と、北上せんとする我が帝國の力の均衡」によって現状が維持されているわけで、「滿洲に於ける日露両国は、進む可らず、引く可からず、苦しきなりにも現状を維持せざる可からざる」状況にある。だから満蒙は「決して唯の外國」ではない。であればこそ、「滿蒙の脊髓たり、且勢力の基點たる南滿鐵道及び其附屬地」の経営は最重要なのだ。にもかかわらず我が政府は「一定の方針の下」で諸般の施策を打つわけでもない。

 「滿洲は何と言ひても支那と稱する他國の一部分」だが、日本の利害には大きく関わっている。他国に置かれた領事館とは性質を異にするにもかかわらず、他国に置かれたそれと同様に「外務省に直屬し、其外務省なるものが日本一の無定見」だというのだから、「都督府及び滿鐵と共に、南滿一帶に於て矛盾、齟齬、撞着の奇態を呈するは自然の勢いなり」。それにしても「外務省なるもの」が、この時代既に「日本一の無定見」だったとは。《QED》

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