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――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(38)内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

【知道中国 1737回】                       一八・五・念八

――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(38)

内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

 「善い政治を行う」のには、「大原則としてはその領土の大きさに制限がある」。それというのも「際限なく大きな領土をもって、隅から隅まで行き届いた政治を行なおうということは、とうてい出来ない」からである。そこで考えられるのは「支那の各省は各々独立して善き政治を行うために、ちょうど相当の領土というべき形であるから、この区画内において、民政に対して、細かな点まで改革の行き届くようにし」て、「官吏は人民を直接に統治するもの、人民はその統治者としての官吏に直ちに接触することになれば、人民の負担も減じ、各省で各々財政を維持しても、格別苦しまなくなるかも知れぬと思う」と説く。

 内藤が「格別苦しまなくなるかも知れぬと思う」のは勝手だが、その前提として各省間で相互干渉をさせないための仕組み作りが大問題だろう。現実的に考えられるのは、やはり各省政府を統べる中央政府が強い権限を持つことだろうが、そこで立ち現われてくるのが「大一統」という厄介極まりない伝統となる。中国は一つでなければならないという考えだ。中央政府が各省に対して持つ権限が抑制の効いたものなら左程までに問題は起こらないだろうが、強い権限を持ったとしたら、内藤の考えは絵にかいたモチに終わる。

 中央政府と地方政府の間に「双贏(ウィン・ウィン)関係」を保障・維持するためには、どのような制度なり装置が考えられるのか。そこが大問題であり、それこそ「支那人に代わって支那のために考えた・・・」と啖呵をきった以上、具体的に処方箋を示してやるべきだろう。だが、この大問題を「これが財政改革の一端である」の一言で次の議論に移した。卑怯なのか、無責任なのか、それとも「支那人に代わって支那のため」というノレンを自ら降ろそうというのか。

 それは無責任じゃあゴザイマセンカと半畳を入れて見たくもなるが、明治・大正・昭和を通じて支那学の泰斗といわれた内藤でも見通しの立たない大問題に違いない。いや、そう思うしかないだろう。自然やら地理条件、さらには長大な国境を接する多くの国々とは異なる環境に住み、民度に極度のバラつきのある膨大な人々を、費用対効果の面でどのように効率的に統治するのか。この永遠の大難題を地球環境・生態系に負荷を与えずに解決する処方箋を考え出せたら――私がノーベル賞選考委員であったら――ノーベル平和賞の100個ほどを授与したいところだ。

 次の問題として内藤は他国とは「一種異なった経路を経ているように思われる」「支那の従来の経済上というよりか、むしろ人民の生活状態の発展を考え」た。

 「支那は今日ではいかにも交通不便の国のようであるけれども」、鉄道やら汽船といった近代的な運搬・輸送手段がなかった時代を考えると、「支那のごとく交通の便利な国はな」く、「それに気候も温暖で、天産物が非常に豊富である」。かくして「幾千年来商業の機関が割合に発達したということから、〔中略〕真成の工業の発達を来さないのである」。つまり中国という版図の中で全てが賄えるから、他と交易する必要も、近代的工業を考え出す必要もなかった。なにせ労働力には事欠かないわけだから、イギリスで起こった産業革命――省力化による大量生産――など考え付くはずもなかったということだろう。

 巨大だが閉鎖した完結社会であったからこそ、「低い階級の人民の生活は、よほど質素にしなければならぬことはもちろんで、(生活上の上下格差も大きいが)、その代わり細民を救済する」ような仕組みも設けられていて、「細民の保護も出来た」のである。

 だが閉じていた門戸をアヘン戦争でムリヤリにもこじ開けられ、「今日のような四海に交通する世の中になって来」たからには、たとえば穀物の輸出禁止を解いてみるなど、閉鎖時代の自己完結的な経済の仕組みを大逆転させる必要があろう――と主張する。《QED》

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