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――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(37)内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

【知道中国 1736回】                       一八・五・念六

――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(37)

内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

 ここで参考までに共産党による地主階級壊滅の概況を、戦争中に東京に留学していた四川省達県の地主の息子と結婚し、その後、帰国する夫に従って中国に渡り、地主の家の嫁として建国前後に共産党による土地改革(地主の土地を取り上げ、農民に分配する)に遭遇するという稀有な体験をした福地いまの回想(『私は中國の地主だった  ――土地改革の體驗――』(岩波新書 昭和29年)から拾っておきたい。

 「平常は農民の地主に對する不平不満はかくされていて、冷たい平和があるわけですが〔中略〕ところが、何かのきっかけ、今囘のように革命の暴風が吹いて、農民達の眠りをさましますと、彼等の抑壓された不平と不滿が爆發して、對立が表面化して來るのだと思います。

 「地主の財産は農民のものをしぼりあげたもので、彼等の肉體でさえ農民の血で出來上ったものだ。しぼられたものはまたしぼり返さなければならない。だから、こんご地主を庇護して財物を隱匿した者は、地主階級と同樣に反動階級とみなして、遠慮なく銃殺する。

 「(共産党が組織した)農民協會に(地主・反革命分子を死刑に処す)一切の權限がありました。農民達は『地主千人位殺すこと蟻一匹殺す程にも思っていない』とうそぶいていました。

 「(経済的に打倒され、裁判を受けたことで)、二千年の階級制度は永遠に大陸から消え失せました」

 地主階級は解体され、地主(郷紳)を頂点とする宗族――内藤が中華民国社会安定の中核組織と期待した自治団体の中核――は雲散霧消するが、その後の推移から想像するに、中央の共産党独裁権力の最末端で農村の秩序維持を担った中核勢力は、土地改革の“勝ち組”、つまり「『地主千人位殺すこと蟻一匹殺す程にも思っていない』とうそぶいてい」たようなゴロツキ農民と見られる。

 かくして共産党政権下の農村は、かつてのゴロツキ農民という“新たな郷紳”に支配される。これを言い換えるなら、農村秩序を担った農村の自治団体は頂点に立つ者を変えたままで維持されたということだろう。つまり共産党独裁政権もまた農村の秩序維持を自治団体(もちろん、共産党公認の)に頼ることになる。かつてのゴロツキ農民は最末端組織の「幹部」として中央政権との間で「双贏(ウィン・ウィン)関係」を築いたに違いない。

 現在、習近平政権もまた歴代政権の政権を踏襲して全国の都市化を進める。都市化するに従って、「幹部」に率いられた農村の共同体は解体の方向に向かうしかない。それは戦後日本の農村が辿った解体過程――「3チャン農業」から「2チャン農業」へ。やがて「1チャン農業」を経て「限界集落化」――を考えれば、容易に理解できるはずだ。

 近未来の中国に大量に生まれるであろう都市住民は個々に解体され、大量消費社会のなかで単なる消費者として再編されるように思える。全国各地の都市に建設される超豪華超大型ショッピングモールが彼ら消費者を迎えることになるであろうし、ならば彼らにとって生活することは消費することと同義になり、であればこそ彼らの日常に政治的イデオロギーは不要となるはずであり、独裁反対・民主化要求などという政治的要求は消費への意欲によって希釈化されるに違いない。それはまた、共産党政権が独裁維持を大前提とする限り“願ったり叶ったり”ではなかろうか。

 習近平政権は2期目発足に当たり「新しい時代の中国の特色ある社会主義」を掲げたが、ひょっとしてそれは独裁政権下の大量消費社会を目指しているようにも思えるのだが。

 さてさて、とんだ大脱線である。やはりここらで内藤湖南にUターン・・・。《QED》

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