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――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(32)内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

【知道中国 1731回】                       一八・五・仲五

――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(32)

内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

最後は改革・開放政策を打ち上げ、毛沢東政治の大部分を否定し、国家の方針を政治から経済へと不退転の決意で大きく転舵させた1980年8月の�小平の発言を紹介しておく。

●「幹部らは職権を乱用し、現実からも一般大衆からも目を背け、偉そうに体裁を装うことに時間と労力を費やし、無駄話にふけり、ガチガチとした考え方に縛られ、行政機関に無駄なスタッフを置き、鈍臭くて無能で無責任で約束も守らず、問題に対処せずに書類を延々とたらい回しし、他人に責任をなすりつけ、役人風を吹かせ、なにかにつけて他人を非難し、攻撃し、民主主義を抑圧し、上役と部下を欺き、気まぐれで横暴で、えこひいきで、袖の下を使えば、他の汚職にも関与している」。

もはや多言は必要としないだろう。そこで内藤に還る。

中国においては「つまりあらゆる職業のうち、官吏ほど産を積むに最も便利なものがない」のである。

以上を総括するなら「支那の従来の官吏は、つまりあらゆる職業のうちの最も割の良い者というものを認めておったので、今日新しい共和政府の官吏としてもその考えを脱し得るや否やということは疑わしい」。ということは辛亥革命によって成立した共和制の中華民国にあっても官吏は依然として「その考えを脱し得」ていないということになる。

先に示した林語堂、楊威理、�小平、さらには政権就任当時に「反四風運動」「反浪費八項目規定」を高々と掲げ「虎もハエも」と豪語した習近平から判断して、共産党政権独裁の中華人民共和国にあっても、「その考えを脱し得」ていないのである。もうこうなったら「その考えを脱し得」ることは、未来永劫にムリと考えるしかない。いや絶対にムリだ。

ここで内藤に戻る。

内藤は官吏が伝統的に持つ体質を論じたうえで、「革命党のような一介の書生どもが空拳して天下を取った」中華民国において、「生まれたから贅沢の味を知らぬような者が政治上の中心になり、大総統にもなれば、あるいはおもなる官吏にもなるというのであれば、あるいは政治上の組織を一変して」、費用対効果の優れた行政は可能だろう。だが、現に中華民国の政柄を握る袁世凱以下は既に清朝時代に官吏を経験した者である。官吏の「弊習が身に染み込んで、半貴族生活を送った者が中心となっておる行政であっては、とうていこの数百年来あるいは数千年来の積弊を一掃することは思いもよらぬことである」。

ところで「生まれたから贅沢の味を知らぬような者が政治上の中心にな」った中華人民共和国においてはどうだったろうか。そこで紹介したいのが、戦時中に中国人留学生と結婚し中国に渡り、やがて中国共産党に参加する韓瑞穂(日本名は平山瑞子)が、自らが歩んだ稀有な人生を回想した『異境  私が生き抜いた中国』(新潮社 2000年)の一節である。些か長い引用になるが、彼らの生態を知るうえで大いに参考になるはずだ。

●「たいていの人は安楽な生活を求める。特に解放によって権力を得た人々は、その権力を行使することで、それは容易に手に入った。いや、権力を行使するまでもなかったと言うべきかもしれない。この長い文明を持つ国では、権力を握っただけで、おのずと手に入る特権があった。歴代皇帝や国民党、さらに言えば外国人が残した財産のすべてを受け継いだからである。例えば、住宅がそうだった。山中にこもっていた農民ゲリラの指導者の多くが、解放と同時に豪華な住宅を与えられた。そこには立派な調度品もあった。それだけで、指導者たちは自分が偉くなったと感じるようになった。物質は人の思想を規定し、そして物質的要求には際限がない。権力を持つ人の一部は自らの生活向上のため、ほとんど無自覚に不正に染まっていった」。嗚呼、処置ナシの一言というほかナシ、である《QED》

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