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――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(24)内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

【知道中国 1723回】                       一八・四・念八

――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(24)

内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

「支那の君主独裁というものの弊害は右のごとき変遷を経て来たのであるから、将来においても君主独裁の政治が再興するということになると、また同様の弊害に陥らなければならぬのである」とする内藤は、辛亥革命以後の状況を「一時また独裁政治に傾かんとしておる様子」と捉え、「一時これがまた独裁政治に復ることがあっても、結局それは永続すべきものではないと思う」と結論づけた。

ここに見る内藤の議論は、なにやら現代中国の変遷の姿を奇妙にも言い当てているようにも思える。

毛沢東は建国と同時に国を閉じた。だから「支那が海外に交通をせず、一国だけで幸いに明君賢相があって、失敗もなくしておる時には、君主の地位を保つ方法として、極めて安全なもの」との内藤の主張の通りに、毛沢東の「君主の地位」は「極めて安全なもの」であった。もっとも、「明君賢相があっ」たかどうかは別ではあるが。

だが毛沢東が「マルクスに見える時」が近づくに従って、「独裁専制という政治上の組織」が「弊害を持ち来した」のである。そこで習近平一強体制を独裁専制と考えるなら、いずれ「政治上の組織」が「弊害を持ち来」すことになるようだ。

閑話休題。

内藤は中世において貴族政治が滅亡した結果、「君主の権力が増加する」が、その一方で「人民の力というものが認められて来ておるということを忘れてはならない」とする。そこで「人民に直接に関係しておる階級の勢力というものが認められるようになって来た」。かくして「いよいよ権力が、人民に直接しておるところの吏胥に移ることにな」る。

人民に直接しているということは直接的に人民に接し、彼らを管理することになるから、人民と接触しない「上官は単に盲判を押すというような」る。つまり末端役所に雇われた程度の「胥吏が人民と官吏との間に蟠まっておって私腹を肥やすということは、弊政には相違ないが、つまるところ人民に近い者が勢力に加わって、上級の者に実際の勢力が無くなっておる」ことになる。かくして「人民の命脈を握っておる者は、直接に人民に接しておるところの、資格の無い低い胥吏であるということに」なるわけだ。

つまり「人民が勢力を得る」とはいうら、それはリクツの上からであって、「地方で勢力を占めておる者は、やはり平民ではなくして」、科挙を送り出す「郷紳」と呼ばれる地主階層である。しかし貴族政治からの変遷を考えると、「結局は人民が政治上の要素になるということに変るべき傾きをもっておる」わけだ。

かくして「貴族政治の復旧は難」く、やはり共和政治に向うことになる。

「一方には人民の力が、漸々伸びる傾きになって来ておる。そこへ共和政治の思想が入」ってきた。やはり「貴族というものの復興がとうてい出来ないという以上は、結局共和政治のようなものに変るより他の途があるまい」。

とどのつまり「支那のごときは、当分軍事上で国威を輝かす見込みも無し、またその人民には、国自慢の考えが非常にあると云いながら、また極めて平和を好む国民であって、国力発展に対する激しい野心が無い以上、それからまたあるいは軍事上で国威を輝かすことを、昔からして一種の政治上の戒めとして、これを忌むような傾きのある国民」であるとする内藤は、「袁世凱にしても、その他の現存人物にしても、また軍事上の天才があって、大いに国を輝かし、積弱を回復すべき見込みがないところから、結局は共和政治で落ち着くということは、大勢状上あらかじめ判断することができると思う」と結論づけた。

貴族政治から独裁専制を経て共和政治へ。これが「絶大な惰力」の方向なのか。《QED》

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