11月8日、バンコクのスワンプーン国際空港に到着した彼を出迎えたのは、アピシット(袁順利)政権で対中外交を差配していると評判のウィーラチャイ(李天文)首相府大臣だった。中国進出を目指すタイ華人企業家の束ね役を父親に持つ同大臣は、タイ王室と血縁関係にある名門華人一族のラムサム(伍)家とタイ最大の多国籍企業で中国投資を積極的に進めてきたCP(正大)集団のチョウラワノン(謝)家と閨閥関係にある。
9日の彼の動静は目下のところは不明だが、翌日(10日)には広東の有力企業家を含む138人の代表団を引き連れて「2009中国(広東)-泰国経貿合作洽談会」に主賓として乗り込み、基調講演を行っている。主催は中国大使館とタイ政府において海外からの投資を管轄するBOI(投資奨励委員会)で、協賛は中華総商会と広東省政府対外貿易合作庁。
華人企業家を中心とする1300人ほどの参加者を前に、彼は①広東とタイの間の08年度の貿易実績は131.9億ドルで中タイ貿易の5分の1を占めている。②前年比で18.2%の増。これは広東省全体の年間伸び率(10.4%)の2倍近い伸びである。③タイ企業の広東省内の直接投資はタイからの中国投資の6分の1強に当たる5.47億ドル――と数字を挙げて広東省とタイの経済関係の良好な現状を説明し、両者の間の貿易・投資・観光などのさらなる拡大を目指した努力を力説すると共に、来年(2010年)の広州アジア大会を成功させるべく友好姉妹都市・バンコクにおける同大会開催の経験を学習したいと表明した。
また「将来の広東とタイの間の商機は無限に広がっている。タイは東南アジア第2の経済大国であり、アジアの重要な新興工業国家である。広東もまた中国のみならず世界の主要な製造業の基地である・・・広東とタイの企業家が千載一遇ともいえる歴史的チャンスを捉え、合作関係を強化し、『共贏(ウイン・ウイン)関係』を築き上げることを強く切望します」と、参加者に呼びかけたのである。
同じ10日の夕刻、彼の姿は泰国中華総商会の大宴会場の主賓席に在った。同総商会が彼のための歓迎会を開いたのだ。参加者は1000人超。タイ側の主な参加者を挙げると、中華総商会の呉宏豊主席、タイ最大の華人同郷会館である潮州会館の陳漢士主席、中華総商会前主席の鄭明如、CP集団総帥の謝国民、タイの基幹産業ともいえる米業界のゴッド・ファーザーの胡玉麟、金融・証券界のボスとも目されている李光隆など錚々たる顔ぶれだった。ここで彼は「多くの郷親(なかま)の祖籍国(ちゅうごく)に対する篤い思慕の念と広東人民への深い情誼に感謝する」と語った後、11月16日に潮州で粤東僑博会が、18日には広州で第15回国際潮団聯誼年会が開催されることを伝え、両会への参加と広東省経済の現況視察を呼びかけていた。前者は潮州華僑・華人関連博覧会で、後者は海外在住潮州出身者が2年に1回開く国際大会。タイ華人企業家のルーツが潮州であることは周知のこと。
――彼こそは中国共産党中央委員で広東省党委員会書記の汪洋。上海万博なにするものぞ。地の利を生かしタイ華人企業家を巻き込んでアジア大会を成功させ、広東経済の躍進を果たした勢いで、北京中央での影響力拡大を狙おうとでもいうのだろうか。
ならばタイの華人企業家は汪洋の野望実現のための踏み台となりかねない。いや、踏み台役に甘んじているような華人企業家ではないはずだ。汪洋一人に勝ち逃げなんぞ許すわけがない。当然、両者は共贏(ウイン・ウイン)関係を目指す。魚心あれば水心、である。
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