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『小學算術教學講話』(兪子夷 浙江人民出版社 1954年) 官僚と資本家の不正を批判・摘発するための「三反・五反運動」と呼ばれる全国規模の政治運動を進める一方、朝鮮半島ではアメリカ帝国主義を敵に“人民義勇軍”を投入――建国直後の中国は苦難の門出ながら、清新の息吹に溢れていたように思う。 そんな折の52年秋に小学校1年生から新しい算数の教科書が採用された。だがソ連の教科書をそのまま機械的に翻訳したことから、教科内容や進度がそれまでのものと大違い。そのうえ中国の実情に合わないから、多くの教師が面食らい使いこなせない。難解で詰め込みすぎといった欠点が目立ち、生徒の学力増進には結びつかないとの不満の声が教育現場から挙がる。 当時、小学校での算数の教え方について多くの解説書が出版されていたが、その多くは、これまたソ連で出版されたものの翻訳であり、少なからぬ教師が理解し難く感じていた。それというのも、訳文が生硬で中国の教師がいつも教室で使っている述語とは違っているばかりか、内容も中国の子供たちの日常生活における関心とはかけ離れすぎていた。 早くも11月には、杭州の小学校教師は新しい考えに基づいた新しい教科書の必要性を深く認識したそうだ。そこで53年の冬休みを利用して小学校教員有志が集まって、新しい教科書作りに着手した。以後、教育現場での実験教育などの試行錯誤を繰り返した結果として、「わが国の実情に基づいて本書を書きあげた。訳本の不都合さはありえない」と著者は胸を張る。 そこで早速、「わが国の実情に基づ」く算数教育の一端を覗いてみよう。 ■お父さんは27日間働きます。お母さんの労働日数はお父さんより9日少ないです。 では、お母さんは何日間働くでしょうか。 ■お母さんは18日間働きます。兄さんはお母さんより12日間多く働きます。では、お兄さんは何日間働くでしょうか。 ■お父さんは27日間働き、お母さんはお父さんより9日間少なく、お兄さんはお母さんより12日間多く働きます。では、お兄さんの労働日は何日間でしょうか。 ■以上を理解させたうえで、「お母さんとお兄さんはそれぞれ何日間働くでしょう」、「3人合わせて何日間働きますか」、「3人は平均して何日間働きますか」と設問を変える。 著者は、①初歩から出発し「一歩から二歩、二歩から三歩・・・四歩、五歩」と段階的に確実に理解させることができる。②事物の発展と変化に従って、簡単から複雑へと進むことが出来る。③2つから3つ、3つから4つと関係を発展させることで、複雑な関係を明確に把握させうる――と、彼らの考えた方法の長所を解説し、ソ連式詰め込み教育を「明確な基本概念を欠いた底なしの浪費だった」と批判する。そして、「(本書で示した)基本概念と基本的計算方法の基礎を確実に身につけたなら、小学校を卒業して就職しようが、短時間の学習で仕事や生産現場で必要な全ての計算方法をマスターできる」と自信を示す。 その後、著者の教科方法がどの程度普及したのか。どんな成果を挙げたのかは不明だが、小学校の算数という限られた範囲ながら、すでに52年の段階でソ連式に異を唱えていたことに興味が湧く。それにしても、この本には毛沢東の「も」の字も、共産党の「き」の字も全く現れない。その後の中国を思えば、当時は少しはマトモだったようデス。 |